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ベルヌ条約第2条第7項に基づく特別法制に関する国際比較研究 政策研究大学院大学 知財プログラム 学籍番号 MJI06048 佐藤 知予子 〔要旨〕 ベルヌ条約第2条第7項は、「応用美術の著作物及び意匠」を対象として、一定の条 件のもとに、各国が独自の国内法制を設けることを容認している。しかし、条約が容 認するそのような特別法制を実際に著作権法制に導入している国は必ずしも多くはな く、その対象・内容も多様である。 また、特別法制を導入していない国々については、特別法制導入国の著作権法が保 護対象としている創作物に関して、著作権法で当然に保護されていると解されている 国、著作権法の保護対象であるかどうかは必ずしも明確ではないが判例によって一定 範囲の保護が判例で確立されていると思われる国、保護されていない国、といった多 様性がある。 日本の著作権法には、そのような特別法制は導入されていないが、実用品に美的装 飾性を求める消費者の需要に応じ、実用品用美術作品が高度化・多様化しつつあると 言われている中で、特別法制を新たに導入することの可能性や適切性を考察する価値 がある。 本論文は、各国の著作権法や特別法制によってカバーされている実用品用に創作さ れた美術作品について、各国における保護の現状を分析・整理して類型化するととも に、日本における好ましい法制について、各国との比較に基づく政策的インプリケー ションを考察したものである。 1

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ベルヌ条約第2条第7項に基づく特別法制に関する国際比較研究

政 策 研 究 大 学 院 大 学

知財プログラム

学 籍 番 号 MJI06048

佐 藤 知 予 子

〔要旨〕

ベルヌ条約第2条第7項は、「応用美術の著作物及び意匠」を対象として、一定の条

件のもとに、各国が独自の国内法制を設けることを容認している。しかし、条約が容

認するそのような特別法制を実際に著作権法制に導入している国は必ずしも多くはな

く、その対象・内容も多様である。

また、特別法制を導入していない国々については、特別法制導入国の著作権法が保

護対象としている創作物に関して、著作権法で当然に保護されていると解されている

国、著作権法の保護対象であるかどうかは必ずしも明確ではないが判例によって一定

範囲の保護が判例で確立されていると思われる国、保護されていない国、といった多

様性がある。

日本の著作権法には、そのような特別法制は導入されていないが、実用品に美的装

飾性を求める消費者の需要に応じ、実用品用美術作品が高度化・多様化しつつあると

言われている中で、特別法制を新たに導入することの可能性や適切性を考察する価値

がある。

本論文は、各国の著作権法や特別法制によってカバーされている実用品用に創作さ

れた美術作品について、各国における保護の現状を分析・整理して類型化するととも

に、日本における好ましい法制について、各国との比較に基づく政策的インプリケー

ションを考察したものである。

1

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〔目次〕 1 序論.......................................................................................................................... 3

1-1 研究の概要 ..................................................................................................... 3 1-2 先行研究の概要 .............................................................................................. 4 1-3 論文の構成と内容 .......................................................................................... 4

2 ベルヌ条約第2条第7項の規定が置かれた背景・経緯 ............................................. 5 3 特別法制を有する国の概要と比較 ............................................................................ 8

3-1 特別法を有する国の類型 ................................................................................ 8 3-2 代表的な国の法制・判例等 ............................................................................ 8 3-3 特別法制導入の背景・効果・評価等 ............................................................ 10

4 特別法制を有しない国の概要と比較 ....................................................................... 12 4-1 特別法制を有しない国の類型 ....................................................................... 12 4-2 代表的な国の法制・判例等 .......................................................................... 13 4-3各国の状況・背景の比較検討 .......................................................................... 15

5 日本の現状とポリシー・インプリケーション ......................................................... 16 5-1 判例から見た日本における保護の範囲 ......................................................... 17 5-2 他国の状況との比較 ..................................................................................... 18 5-3 将来に向けたポリシー・インプリケーションの考察 .................................... 19

6 最後に .................................................................................................................... 20

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1 序論

1-1 研究の概要

(1)この研究を行った問題意識

ベルヌ条約第2条第7項は、「応用美術の著作物及び意匠」を対象として、一定

の条件のもとに、各国が独自の国内法制(以下「特別法制」という)を設けるこ

とを容認している。しかし、条約が容認するそのような特別法制を著作権法制の

中で実際に導入している国は必ずしも多くはないが、その対象・内容は多様であ

る。

また、特別法制を導入していない国々については、特別法制導入国の著作権法

が保護対象としている創作物に関して、①著作権法で当然に保護されていると解

されている国(特別法制を導入する必要がない国)、②著作権法の保護対象である

かどうかは必ずしも明確ではないが判例によって一定範囲の保護が確立されてい

ると思われる国(特別法制を導入して保護範囲等の明確化を図る余地があるので

はないかと思われる国)、③保護されていないことが明確である国(特別法制を導

入する意思のない国)がある。

このように、保護対象の範囲にあいまいな部分があること、及び、各国により

保護の範囲・状況が異なることは、工業的生産を目的として美術的な表現(無体

物)が付加された物品(有体物)が創作された場合に、創作者の権利の有無・帰

属があいまいなために著作権法による保護の有無等を争う訴訟が起きやすい、と

いう状況を招いている。

この研究では、「実用品(鑑賞対象としてよりも、何らかの実用的機能を発揮さ

せることを目的として製作される有体物)の形態・装飾とするために創作される、

平面的又は立体的な美術的表現(無体物)」を考察の対象とし(以下便宜上「実用

品用美術作品」1と呼ぶ)、各国著作権法の多様な保護の現状を分析・整理すると

ともに、日本の著作権法における好ましい法制についての政策的インプリケーシ

ョンを考察する。

特に日本においては、そのような特別法制は導入されていないこともあり、実

用品用美術作品について著作権法による保護の有無を争う訴訟もあり、特別法制

を導入することの可否・可能性を、他国の例を参考にしつつ考察する価値がある。

なお、既存の美術の著作物を実用品の形態・装飾としてそのまま使うことは単

なる複製又は翻案であって(例えば「ミッキーマウスが印刷されたマグカップ」、

「ミッキーマウスのぬいぐるみ」など)、少なくともベルヌ条約加盟国では、通常

の著作権法制によって保護されているため、本論文の考察対象とはしない。また、

意匠法により保護される実用品用美術作品は、著作権法によって保護されるため、

1 ベルヌ条約(パリ)第2条第7項制定に至るまでの条約改正の度に研究対象の呼び方が変更された為、「実用品用

美術作品」と呼ぶこととする。

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あえて意匠制度2自体の考察は本論文の対象としていない。

この研究の対象としたのは、当初から実用品用として創作される美術作品の著

作権法による保護に関するものである。

(2)この研究の目的

この研究は、具体的には以下の三点を目的としている。

(a)特別法制を有している国について、その類型化を試みるとともに、代表的な

国の法制・判例等の内容や、特別法導入の背景・効果・評価などについて、

分析を行うこと。

(b)特別法制を有しない国について、その類型化を試みるとともに、代表的な国

の法制・判例等の内容や、各国の状況・背景・動向等について、分析を行う

こと。

(c)日本の現状を分析・整理するとともに、各国の背景・状況等と比較しつつ、

日本における好ましい法制についての政策的インプリケーションを考察する

こと。

1-2 先行研究の概要

本論文において「実用品用美術作品」と呼ぶものについては、これまでも種々の

研究が行われているが、その大部分は、①日本の法制・判例のみをもとにして保護

対象物の範囲に係る基準等を論じたもの3、②意匠権との関係において諸外国間の制

度比較を行ったもの4であり、実用品用美術作品に係る諸外国の著作権制度について、

それらを類型化しつつ背景等も含めた比較考察を行った研究はないと思われる。

この研究は、これまであまり取り組まれていないそうした部分について目を向け

ようとするものであり、さらに、日本にとって望ましい法制を、各国間の比較を踏

まえて研究しようとするものである。

1-3 論文の構成と内容

本論文の以下の部分では、まず2において、ベルヌ条約第2条第7項の概要及び

2 意匠法は、工業製品の形状(特に織物意匠)を保護する為の制度として、1580年にイタリアにおいて制定され

たものが始まりといわれている(「フィレンツェの織物組合の規則で、新規の意匠考案者に、2年間専用する権利を付

与する制度」)。イギリス(1787年)、アメリカ(1842年)、ドイツは(1876年)等の主要国においても、

産業の発展と共に意匠法は制定された。尚、我が国における意匠の保護は、明治21年(1888年)の意匠条例に

始まる。 3 満田重昭「デザインと美術の著作物」、内藤裕之「応用美術と美術の著作物性」、富岡英次「応用美術、商品化権、

キャラクター」、木村豊「応用美術の保護―現行著作権法制定の経緯を中心として」等多数。 4 応用美術委員会「著作権法と意匠法との交錯問題に関する研究」、本山雅弘「応用美術の保護をめぐる著作権の限

界づけと意匠権の保護対象」、茶園成樹「ドイツにおける応用美術の保護―意匠法と著作権法の関係」、Christopher

Heath “The Protection of Aesthetic Creations as Three-Dimensional Marks, Designs, Copyright or Under Unfair

Competition Prevention Law” 等多数。

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当該規定が設けられた背景・経緯を述べる。

次に3において、特別法制を有している国について、その類型化を試みるととも

に、代表的な国の法制・判例等の内容や、特別法導入の背景・効果・評価などにつ

いて、分析を行う(上記の a)。

また4においては、特別法制を有しない国について、その類型化を試みるととも

に、代表的な国の法制・判例等の内容や、各国の状況・背景・動向等について、分

析を行う(上記のb)。

さらに5においては、日本の現状を分析・整理するとともに、各国の背景・状況

等と比較しつつ、日本における好ましい法制について政策的インプリケーションを

考察する(上記のc)。

2 ベルヌ条約第2条第7項の規定が置かれた背景・経緯

ベルヌ条約「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約」(Convention de Berne pour la protection des oeuvres littéraires et artistiques; Berne Convention for the Protection of Literary and Artistic Works)は、フランスの文

豪ヴィクトル・ユーゴーを名誉会長とする国際文芸美術協会(Association Littéraire et Artistique Internationale; ALAI)が原動力となり5、スイスの呼びかけで188

4年にベルヌで国際会議が開催され1886年に成立した著作者の権利に関する基

本条約である。(我が国は1899年に加入。世界の著作物市場で大きな意味を持つ

アメリカが加入したのは、1989年。)

1886年の条約制定以来、社会経済の変化に伴う新たな著作物の出現、新たな

利用手段の出現などに対応するため、この条約については次のような度重なる改正

が行われてきた。

・ 1896年 パリ追加規定

・ 1908年 ベルリン改正条約

・ 1914年 ベルヌ追加議定書

・ 1928年 ローマ改正条約

・ 1948年 ブラッセル改正条約

・ 1967年 ストックホルム改正条約

・ 1971年 パリ改正条約

・ 1996年 「特別の取極」として「著作権に関する世界知的所有権機関条

約」を付加

5 1876年に「著作権の国際的保護を確保するための法原理の擁護および普及。国内著作権法制等の研究および比較」

を目的として設立されたALAIは、1882年にローマにて会議を行い、1883年には、自ら10条からなる条約 “Draft

Convention for the Establishment of a General Union for the Protection of the Rights of Authors in Their Literary

and Artistic Works”を草案し、国際外交会議に提出した。(”Records of the International Conference for the

Protection of Authors’ Rights” Convened in Berne September 8 to 19, 1884, ” “The Berne Convention And Beyond”

APPENDIX 2, 53P

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1886年の条約制定時には、保護対象となる著作物の範囲については第3条に

「文学および芸術作品(literary and artistic works)」6と規定し、第4条にて保

護範囲を明示していたが、本論文で「実用品用美術作品」と呼ぶものについては、

保護対象とする旨の明確な規定は存在しなかった。

1908年にベルリンで開かれた条約改正会議において、イギリス及びスイスは、

実用品用美術作品が既に意匠法によって保護されていることを理由に、意匠法と著

作権法による重複保護の必要性はないとし、「art applied to industrial purposes

(工業目的に応用された美術)」のベルヌ条約からの削除を求めていた7。しかし、ド

イツから「工業用に用いられることを目的として創作される美術の著作物を、保護

対象としてベルヌ条約に明記すべきである。」8との提案があった。ベルヌ条約を含

む著作権関係条約はすべて、自国の著作物等を自国内で保護することを義務として

おらず、他の条約締約国の著作物等の保護のみを義務としている。したがって、条

約改正による保護強化は、常に著作物等の輸出国(自国の製品を他国で保護するこ

とを望む国)から行われるが、ドイツがこのような主張を行ったのは、当時のドイ

ツがそうした工業製品の輸出国であったためである9。ドイツの主張は、同様にそう

した工業製品の輸出国であったフランスとイタリアからも支持され、改正後の第2

条第4項に「工業目的の応用美術の著作物(works of applied art to industrial

purposes)」は「各国の法律において保護される範囲内で保護される」という規定が

置かれた10。しかしこの規定は、自国内での保護を義務とせず各国の自由に任せてい

るベルヌ条約においては殆ど無意味な規定であり、他国での保護を求めるドイツ・

フランス・イタリアにとっては、満足すべきものではなかった。

1928年にローマで開かれた条約改正会議においては、フランス・ドイツ・ベ

ルギー、イタリア等が「工業目的の応用美術の著作物」についても他の著作物同様

の保護が与えられるべきである、との主張を展開した。しかし、そうした美術作品

は意匠権のみの対象とすべきであると主張するイギリス、日本、ノルウェーの反対

により、この部分に関する改正は見送られた11。

1948年のブラッセル改正条約においては、引き続き保護の拡大を主張するフ

ランス・ドイツ・ベルギー・イタリア等の主張に配慮して、第2条第4項の表現が

「応用美術の著作物並びに工業デザイン及びモデル(works of applied art and

6 1886年制定ベルヌ条約第3条には、“The stipulations of the present Convention shall apply equally to the

publishers of literary and artistic works published in one of the countries of the Union, but of which the authors

belong to a country which is not a party to the Union.”とあり、保護対象は「美術作品」に限っている。 7 “Convention in Berlin October 14 to November 14, 1908”/“The Berne Convention And Beyond” APPENDIX 2,前掲 183P 8 ”Records of the International Conference for the Protection of Authors’ Rights” Convened in Berne October 14

to November 14 1908)”The Berne Convention And Beyond “APPENDIX 2, 178P 9 「概説ドイツ史」p93、153~154(ドイツ国内においては、貿易に力を入れている中間層の保護等を行い、世界政策

遂行。ドイツは、外交によって諸外国との均衡をはかろうとしていた。) 10 “Convention in Berlin October 14 to November 14, 1908”/“The Berne Convention And Beyond” APPENDIX 2,前掲 184P 11 “Convened in Rome May 7 to June 2, 1928”/“The Berne Convention And Beyond” APPENDIX 2,前掲 234P

及び“The Berne Convention And Beyond” 前掲 458P

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industrial designs and models)」とやや拡大されたが、「応用美術の著作物及び意

匠に関する法令の適用範囲ならびにこれらの著作物及び意匠の保護の条件は、同盟

国の法令の定めるところによる。本国で専ら意匠として保護される著作物は、他の

同盟国において、それらの国で意匠に与えられる保護しか要求することができない」

との規定が第2条第5項に設けられた12。この改正には新たな問題が浮上した。例え

ば、意匠権制度が確立されていない国では、他の同盟国で意匠権のみでしか保護さ

れていない実用品用美術作品は保護されないという事態がおこることとなる13。また、

第2条第5項の規定とは明らかに異なる内容の著作権法を有する国(例えば、イタ

リアやイギリス14)は、自国においての実用品用美術作品の保護責任を負うことに反

対し、一方実用品用美術作品の著作権保護を以前より主張してきたフランスは、各

国における多様な保護規定を鑑み、条約適用の公正をはかるべく保護規定の明確化

を強く主張した15。

1967年のストックホルム改正条約会議においては、ブラッセル改正条約で改

正された「応用美術の著作物並びに工業デザイン及びモデル(works of applied art

and industrial designs and models)」について、委員会はイタリアからの提案16

を採用し、「意匠の保護が与えられないときは、美術の著作物として保護される」と

いう規定が追加された17。また、実用品用美術作品の保護を反対している国を鑑み、

「自国の著作権の保護期間を超えない範囲で応用美術の保護の期間を定めるべき」

との提案があり、応用美術に関しては少なくとも25年以上の保護期間を与えるべ

きとの提案がなされた18。

1971年のパリ改正条約では、未発行のままとされたストックホルム改正条約

の規定がそのまま引き継がれた19。意匠法が確立されていない国々の実用品用美術作

品の保護をこの条約ではかるべく、この特別規定に「意匠権による保護が与えられ

ない場合は、美術的著作物として保護する」旨が記載された。結果、第2条第7項

は、「応用美術の著作物及び意匠に関する法令の適用範囲並びにそれらの著作物及び

意匠の保護の条件は、第7条(4)の規定(注:写真の著作物等について、保護期

間を25年以上とする旨を定めた規定)に従うことを条件として、同盟国の法令の

定めるところによる」となった。

ベルヌ条約第2条題7項が制定されたことにより、実用品用美術作品の保護範囲

12 “The Berne Convention And Beyond” 前掲 463P 13 “The Berne Convention And Beyond” 前掲 465P(例えば、オランダは 1975 年まで意匠法が確立されておらず、

ベネルクス統一意匠法が発行されたのは 1975 年 1 月 1 日。尚、同意匠法第 21 条(1)には、「顕著な芸術的特徴を有す

る意匠は,本法及び著作権法の両方の適用のための条件が満たされるならば,両方の法律の保護を受けることができ

る」とされている。) 14 1911 年イギリス著作権法、1941 年イタリア著作権法。 15 “Convened in Brussels June 5 to 26, 1948”/“The Berne Convention And Beyond” APPENDIX 2,前掲 256P 16 “Convention in Brussels June 5 to 26, 1948”/“The Berne Convention And Beyond” APPENDIX 2,前掲 297P 17 デンマークにより、ブラッセル改正条約第2条第5項を削除する提案が行われたが、ベルヌ条約によって実用品用

美術作品を保護しようという各国の要望が高まり、結果的に提案は採択されなかった。 18 “Conference of Stockholm June 11 to July 14, 1967”/“The Berne Convention And Beyond” APPENDIX 2,前掲 301P 19 “Records of the Diplomatic Conference for the Revision of the Berne Convention Paris, July 5 to 24, 1971”/“The

Berne Convention And Beyond” APPENDIX 2,前掲 330P

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の明確な条件がない状態で、著作権法の保護の可能性が明確化されたことになる。

保護対象の範囲があいまいであることや各国の保護範囲・状況が異なることにより、

その保護の判断は各国に委ねられることになるため、その保護範囲を決定するため

各国の裁判所は様々な検討や試みを行うことになる。この点は同時に、この条文の

問題を示すところである20。

3 特別法制を有する国の概要と比較

3-1 特別法を有する国の類型

ベルヌ条約第2条第7項に基づく特別法制を有する国については、主要国の法制を

比較・検討した結果、次の二つの類型があることが分かった。

特別規定付加型

一般規定拡大型

一般の美術の著作 実用品用美術作品

「特別規定付加型」とは、実用品用美術作品を保護対象としないことを前提とした

著作権法をベースとして、実用品用美術作品を一定の条件のもとに保護する特別の規

定を、後から盛り込んだ国である。この場合、保護期間については、25年としてい

るのが一般的である。

「一般規定拡大型」とは、実用品用美術作品を保護対象としないことを前提とした

著作権法をベースとして、その定義規定・保護対象著作物例示規定の中に、実用品用

美術作品を後から盛り込み、一般の著作物を保護する規定全般を適用することとした

上で、保護期間についてのみ制限を加える国である(多くは25年)。

3-2 代表的な国の法制・判例等

(1)特別規定付加型

「特別規定付加型」に属する国としては、イギリスや中国がある。イギリスの著作

権法においては、一般の著作物(定義規定や例示規定には、実用品用美術作品に相当

するものは含まれていない)とは別に「工業的な方法での製造を目的とした美術の著

作物」に関する特別の規定が置かれており、その保護期間は25年とされている。具

体的な保護範囲については、いくつかの判例があり、例えば、「小帆船」21、「排気機構」22等について保護対象とされた例がある一方、「ソファーの形状」23、「ベビー用ケープ」

20 “The Berne Convention And Beyond” 前掲 467P 21 Dorling v. Honner Marine, Ltd. and Another (1965) (1956 年著作権法)組み立て用小帆船に添付した設計図が著作権保護の対象になるか否かが争われた事件。 22 British Leyland v. Armstrong Patents Co., Ltd.(1986) (1956 年著作権法) 排気機構の図面が著作権保護の対象となるか否かが争われた事件。

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24、「ジッパー付ジャケット」25が保護対象外とされた例としてあげられる。

また中国の著作権法においては、「創作された文学的、美術的並びに自然科学、社会

科学および工学技術など」が著作物として保護されており、著作物の例示に「工芸品

の著作物」や「応用美術の著作物」等の実用品用美術作品に該当するようなものは明

記されていない26。判例によって、「玩具積み木」27が保護対象として認められており、

「S字型の歯ブラシ」28は著作物の保護対象外という。しかし前者(「玩具積み木」)は、

著作物の規定にあてはまるということで保護対象とされたのではなく、権利者がベル

ヌ条約に加盟している海外の玩具メーカー(デンマークのレゴ社)である為、「国際著

作権条約実施に関する規定」29に基づき、保護された。

(2)一般規定拡大型

「一般規定拡大型」に属する国としては、エジプト、タイ、ネパール、フィリピン、

ヨルダン等がある。これらの国の著作権法においては、次に示すように、著作物の「定

義」や「例示」に実用品用美術作品に相当するものを含めつつ、特別の規定を置くこ

とにより、保護期間の短縮等の保護水準切り下げを行っている。

それらの国々の著作権法の関係規定を比較すると、次のようになる。

・ エジプト

著作物の定義:あらゆる文芸、芸術又は科学分野の創作物(その種類、表現方

法、価値又は目的の質は問わない)30。

例示の有無: 「応用美術及びプラスチック美術の著作物」31として例示。

特別の規定: 保護期間は、頒布後50年32。

・ タイ

著作物の定義:文芸、演劇、美術、音楽、視聴覚材、映画、録音物、公衆送信

23 Hensher (George) Ltd. v. Restawile Upholstery (Lancs) (1975) (1956 年著作権法)ソファー(長椅子と二つの肘掛け椅子)に、製図用図面が存在しない場合に、その原型となる

椅子が著作権の保護対象になるか否かが争われた事件。 24 Merlet v. Mothercare PLC (1986) (1956 年著作権法)フランス人女性が「ベビー用ケープ」デザインの著作権を子供用品販売会社に売り込んだとこ

ろ、対価を支払うことなく当該会社はコピーをした事件。このケープは、著作物(美術工芸品)として認められなか

った。 25 Lambretta Clothing Co Ltd. v Teddy Smith (UK) Ltd. (2003) R.P.C. 728, 742.(1988 年著作権法)ジッパー付ジャ

ケットの配色及びデザインが著作物として認められなかった。 26 1990 年 9 月 7 日交付の著作権法(第3条)、2001 年に改正された著作権法(第3条)にも、明記されていない。 27 Interlego AG v. Kegao (Tianjin) Toy Co. Ltd. and Beijing City Fuxing Mall, disputes in copyright for works of applied art (China / Beijing City People’s high Court) 28 Smith Kline Beecham P.L.C. v. Yangzhou Toothbrush Co. Ltd. and Beijing Shihuidao Shangmao Co. Ltd. (Chona / Beijing City First Intermediate People’s Court) 29 第 6 条において、「外国の応用美術作品の保護期間は、その作品が完成したときから 25 年」と規定(1992 年中

国国務院により公布される)。 30 第 138 条 1 項、エジプト著作権法 ( Law No. 82 of 2002 “Pertaining to the Protection of Intellectual Property Rights”) 31 第 140 条、前掲 エジプト著作権法。 32 第 138 条 1 項、前掲 エジプト著作権法。

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に属する創作物、または文芸、科学、美術の範囲にある著作者

のその他の創作物(その表現方法または形式を問わない)33。

例示の有無: 「応用美術の著作物(著作物を単独で、または複数使って当該

著作物の価値の鑑賞のほかに別利用したもので、例えば利用、

材料または道具として飾る、あるいは商業上の目的のために使

用するもの)」34 として例示。

特別の規定: 保護期間は、頒布後25年35。

・ ネパール

著作物の定義:創作性を有し、文芸、音楽、造形美術、建築、演劇および映画に

属する創造物(その表現の方法または形式を問わない)36。

例示の有無: 「応用美術の著作物」37として例示。

特別の規定: 保護期間は、頒布後25年38。

・ フィリピン

著作物の定義: 文芸及び芸術分野に関する知的創造物39。

例示の有無: 「応用美術の著作物(手製か工業製にかかわらず、実用的な機能

を有する芸術作品、若しくは実用品とされた芸術作品)、工芸品

の著作物」として例示40。

特別の規定: 保護期間は、創作日から25年41。

3-3 特別法制導入の背景・効果・評価等

これらの国々における、実用品用美術作品に係る特別法制が導入された背景、導入

の効果、導入に対する関係者の評価は、おおむね次のようになっている。

例えば、「特別規定付加型」のイギリスでは、1959年から「工業デザインの妥当

な法的保護のあり方」を審議し42、1962年及び1977にそれらに関する勧告書を

発表43、1988年に特別法制が導入された44。特別法導入のきっかけとなった事件は、

Merlet v. Mothercare PLC (1986)事件である。

33 第 6 条 タイ著作権法(Copyright Act, B.E. 2537 (1994))。 34 第4条第7項 前掲 タイ著作権法。 35 第 22 条 前掲 タイ著作権法。 36 第 2 条 ネパール著作権法 (Preliminary / The Copyright Act, 2059(2002))。 37 第 2 条 前掲 ネパール著作権法。 38 第 1 条 前掲 ネパール著作権法。 39 第 172.1 条 フィリピン著作権法 (Intellectual Property Code of the Philippines (Republic Act No. 8293)) 著作物は同条文に限定列挙されている。 40 第172.1条 前掲 フィリピン著作権法。 41 第 213.4 条 前掲 フィリピン著作権法。 42 ジョンストン委員会において審議されていた。 43 ジョンストン勧告書(1962 年)では、著作権と意匠権の双方の良い点を併せ持った新たな保護法の勧告がなされ、

フィットフォード勧告書(1977 年)においては、美術の著作物と同様の保護を実用品用美術作品にも与えることが勧

告された。 44 第 52 条 “Copyright, Design and Patents Act 1988 (CDPA)”

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特別法は、実用品用美術作品を保護しうる法律である著作権法と意匠法の保護期間

を同長の25年の存続期間に規定したことがポイントであるが、導入後、実用品用美

術作品は、その美術性や鑑賞性などの要件は厳しく問われることなく保護されるよう

になったといった効果があった45。この特別法制について、同国で実用品用美術作品を

生産している関係者の間では、「創作者の適切な保護がなされ、創作意欲が向上し、良

いデザインが生み出される」という評価が一般的であると言われる46。しかしながら、

デザイナーが実用品用美術作品をわずかに改良した程度であっても特別法によって保

護される可能性が高い。また、実用性と審美性を融合した高度な創作をした場合も保

護期間が25年と短い特別法により保護されるため、美術作品に近いような実用品用

美術作品を創作する者の保護が逆に弱まるのではないかという懸念の声もある47。

中国は、1992年にベルヌ条約に加盟したが、中国の著作権法(1991年)は

ベルヌ条約が求める著作権保護の水準に達していなかった為、外国著作物の保護につ

いては国内著作物の保護とは別の定めをすることによって条約の要請を満たすことと

した。実用品用美術作品を保護している国にとって、多くの製品の製造委託先である

中国において、自国と同様の保護を受けることができるか否かは非常に重要である。

特別法により、実用品用美術作品を保護している国は、中国において同様の保護を受

けることができるのであるから特別法制は評価されているといえる48。実用品用美術作

品の保護範囲が狭い国、若しくは保護されない国にとっては、自国の保護と同様の保

護に留まるわけであるから、これらの製品を中国において大量に侵害された場合の対

応策を検討した上で自国の保護範囲を決める必要がある。なお、中国では、2001

年に大幅な著作権法の改正49が行われ、外国人の著作権の保護に関し、第2条で、「そ

の著作者が属する国又は通常の居所国と中国との間に締結された協定によって、又は

共に加盟している国際条約によって保護される著作権は、本法の保護を享受する」と

定めた。このことにより、著作権法において外国の実用品用美術作品の保護が可能と

なった。

「一般規定拡大型」のタイでは、保護期間が頒布されてから25年間と短いが、こ

の特別法により美術的な表現を有した工業生産物の創作者の適切な保護がなされ、良

いデザインが生み出されると考えられている。実用品用美術作品として、例えば「ペ

ンの形状」50は、著作物の保護対象として認められ、「タイヤの溝の形状」51は保護の

対象として認められなかった。タイも中国同様海外から製品の委託製造を多く請け負

う国であるため、海外からも更なる保護の基準の確立が望まれている(例えばイギリ

ス)52。

45 イギリス著作権法(1988年法4条(1)(a))は、美術作品はその質を問わないとしている。 46 著者インタビューによる。 47 作花文雄(2003)「著作権法」、148頁 48 著者インタビューによる。 49 中国の著作権保護の内外格差を解消する目的と、WTO を加盟国の義務を果たす目的による。 50 DTC Co. v. Thai Ballpen Industry / Judgement No. 6379/2539/(1994) 一旦、著作権の保護の対象としない判決が

下されたが、最高裁にて著作物性が認められた。 51 Tente Rollen Co., Ltd. et al. Polomer Form Co., Ltd. et al J. IP & IT., No. 122/2547(2004) 52 著者インタビューによる。

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4 特別法制を有しない国の概要と比較

4-1 特別法制を有しない国の類型

ベルヌ条約第2条第7項に基づく特別法制を有しない国については、実用品用美術

作品が保護されている国もあり、保護されていない国もあるが、各国の法制を比較・

検討した結果、おおむね次のように類型化できることが分かった。

「タイプA」

「タイプB」 (判例による)

「タイプC」

一般の美術の著作 実用品用美術作品

「タイプA」は、著作権法において、一般の美術の著作物と実用品用美術作品を区

別せず、保護される著作物の定義又は例示に関する規定に実用品用美術作品を明示し

ている国である。この場合は、当然のことながら、権利の対象となる利用行為の範囲、

保護期間等について、一般の美術の著作物と実用品用美術作品との間には、何らの差

異も設けられていない。「タイプA」に属する国においては、このように、両者が区別

されず、共に保護対象とされていることから、ベルヌ条約第2条第7項に基づく特別

法制が設けられていない。このタイプに属する国としては、著作権の保護基準を「美

の一体性(unity of art)」とするフランス、ベルギーや、フランス著作権法の影響下

にあるチュニジア、ベトナム53、その他ロシア、デンマークや、近年法改正を行ったア

メリカ、韓国等がある。

「タイプB」は、著作権法の規定上は保護される著作物に実用品用美術作品が含ま

れるかどうかあいまいだが、判例によって一定の範囲の実用品用美術作品については

保護対象であることが確立されていると思われる国である。この場合は、判例によっ

て保護対象とされた実用品用美術作品は、タイプAの場合と同様に、権利の対象とな

る利用行為の範囲、保護期間等について、一般の美術の著作物と同様に扱われる。こ

のタイプに属する国としては、ドイツ、イタリア、台湾54等がある。

「タイプC」は、著作権法の規定上は保護される著作物に実用品用美術作品が含ま

れるかどうかあいまいだが、判例によって実用品用美術作品の保護が明確に否定され

ている国である。このタイプに属する国としては、インドがある。

53 ベトナムは 2005 年に大幅な知的財産法の法改正をしており、法制度を確立するにあたりヨーロッパ、特にフラン

スの援助を大きく受けているとのこと(NOIP 職員に著者がインタビューを行う) 54 台湾はベルヌ条約加盟国ではないが、経済的な影響力や産業の背景等を鑑みて、あえて研究の対象とすることとし

た。

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4-2 代表的な国の法制・判例等

(1)タイプA

「タイプA」に属する国として代表的なものはフランスであり、同国の著作権法は、

1912年の法改正以来、保護対象となる著作物を第112-1条で、「いずれの精神

の著作物についても、 その種類、 表現形式、 価値又は目的のいかんを問わず、 著作者

の権利を保護する」と広く定義しつつ、さらに、保護対象著作物を例示した第112

―2条に「応用美術の著作物」及び「衣料及び装飾品に係る流行産業の創作物」を明

記している。このことより、フランスにおいて実用品用美術作品は広く著作物として

認められているが、現在に至るまでいくつか実用品用美術作品の保護範囲を確認する

裁判が行われている。また、明らかに機能性をつかさどる形状のみからなる実用品(「卵

の箱」等)については、著作物性は認められていない。

また、韓国では、著作権法の第1条1が保護対象となる著作物を「文学、学術、又

は芸術の範囲に属する創作物」と定義しており、著作物の例示に、「服装及び装飾の季

節産業の創作物」55が含まれていない点で、フランス著作権法における著作物の定義よ

りも範囲が狭いが、保護対象著作物を例示した第4条(1)4には、「工芸の著作物」

及び「応用美術の著作物」が明示されている。これらのうち、「応用美術の著作物」は、

1986年の法改正で加えられた。さらに、2000年の法改正では、「応用美術の著

作物」について、「品物に同じ形状でコピーできる美術著作物としてその利用された品

物と区分された独自性を認めることができるもので、デザインなどを含む」という定

義規定が、第2条11の2に追加された。

韓国著作権法が、この定義規定により保護の範囲をフランス著作権法よりも狭めて

いる要点は、「区分された独自性」56を保護対象たるべき要件としていることである。

この定義によれば、「応用美術の著作物」とされるためには当該物品の機能とは独立し

た美術著作物性を有することが必要であり、したがって、例えばネクタイなど、ファ

ッションとしての柄を見せること自体がその機能である場合(機能と美術著作物性を

分離できない場合)は保護対象とならない。このことは、「織物の柄とするために作ら

れた図案」57「日常生活に用いられる韓国民族衣装の形態・配色等」58「ネクタイの柄

とするために作られた図案」59を応用美術の著作物に該当しないとした、一連の最高裁

判決からも明らかである。

さらにアメリカでは、著作権法の第102条(a)が保護対象となる著作物を「現在知

られているまたは将来開発される有形的表現媒体であって、直接にまたは機械もしく

は装置を使用して著作物を覚知し、複製しまたは伝達することができるものに固定さ

れた、著作者が作成した創作的な著作物」と定義している。保護対象著作物の内、「絵

画、図形および彫刻の著作物」には「応用美術」及び「美術工芸(形状に関する限り)」

が該当する定義規定があり、実用品用美術作品に関しては保護されていることが明記

55 フランス著作権法第112の2条(14) 56 法改正の際、アメリカの判断基準である「分離可能性」を採用している。 57 1996 年 2 月 23 日「Coving Fabrics Corp. vs. 大韓紡績株式会社」韓国最高裁判所判決。 58 2000 年 3 月 28 日「ヘジャ株式会社 vs. 被告人 A」韓国最高裁判所判決。 59 2004 年 7 月 22 日「New Beauty vs. X 公社」韓国最高裁判所判決。

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されている。実用品用美術作品の例示としては、「バンパー、人形、ファブリックデザ

イン、刺繍、ゲーム、パズル」60等々、詳細に列挙されている。実用品用美術作品の保

護のアプローチは、「美の一体性(フランス)」と「分離可能性(アメリカ)」と異なる

が、著作権法における保護範囲はフランス同様61かなり広いといえる。

具体的な保護範囲については、いくつかの判例があり、例えば、「動物のマネキン」62「人間を模った小像のランプ台の形状」63、「彫刻を施したベルトのバックルの形状」64、「人体トルソの形状」65等について保護対象とされた例がある一方「動物の鼻を模

したマスクの形状」66、「カジノ用ユニフォームの形状」67が保護対象外とされた例と

してあげられる。

(2)タイプB

「タイプB」に属する国々では、判例によって一定の範囲の実用品用美術作品が保

護対象とされているが、保護対象とされるための判断基準等は、多様性があり、この

ことから伺えるように、実用品用美術作品が著作権法の保護対象著作物とされる条件

として、各国の判例は「高度」な審美性や創作性などを求めている。一般には、著作

物として保護されるために必要な要件は「創作性」の有無が中心とされており、芸術

的観点からの創作性の高度さや、美術品としての価値の有無などは無関係とされてい

る。このために、子どもが描いた絵も保護対象とされるわけだが、実用品用美術作品

については、何らかの「高度性」を持つもののみを保護対象にするとしている判例が

多く、これが国際的に共通する傾向として定着しているようである。

ドイツ

判断基準:「高度な形態形成によって作られた」実用品用美術作品のみが保護対象。

判例は多数あり、例えば、「クリスタル製の人形」68、「花瓶型燭台の形状」69、

「安楽椅子の形状」70、「パイプ椅子の形状」71等について保護対象とされた例が

あり、他方、「照明器具用のガラスの形状」72、「円筒状の椅子の形状」73等につい

60 “Examples of visual arts works”はアメリカ著作権法 HP に掲載されている(以下URL参照)

http://www.copyright.gov/register/va-examples.html 61 フランスにおいても著作物の例示は、詳細に行っている。 62 Superior Form Builders, Inc. v. Dan Chanse Taxidermy Supply Co., 74 F. 3rd 488 (4th Cir) 63 Mazer v. Stein (347 U.S. 201(1954)) 64 Kieselstein-Cord v. Accessories by Pearl, Inc. (632 F.2nd 989 (2nd Cir. 1980)) 65 Carol Barnhart Inc. v. Economy Cover Corp. (773 F.2nd 411(2nd Cir. 1985)) 66 Masquerade Novelty Inc. Unique Industries, 912 F. 2nd 633 (一審においては「著作物」として認められたが、

控訴審で破棄された。) 67 Jane Galiano and Gianna, Inc., v. Harrah’s Operating Company, Inc. (地裁では「著作物の対象外」という判断が

下りたが、控訴審では著作物性の再検討が求められている。) 5th Cir. 2005 68 BGH v. 22.6.1995, GRUR 1995, 581,582(「チャボアザミ」) 69 BGH v. 21.5.1969, GRUR 1972.38 70 BGH v. 10.10.1973, GRUR 1974,740,742 71 BGH v. 27.5.1981, GRUR 1981,820,822 72 BGH v. 19.1.1972, GRUR 79,332,336 73 BGH v. 23.1.1981, GRUR 1981,517,519

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て、保護対象外とされた例がある。)

イタリア

判断基準:「高度な創作性を持つ」実用品用美術作品のみが保護対象。

(判例では、「ソファーの形状」74等について、保護対象外とされた例がある。)

台湾

判断基準:「高度の美術的創作性を有する」実用品用美術作品のみが保護対象。

ベルヌ条約の加盟国ではないが、同条約が定めている保護の範囲とほぼ同様の

範囲を著作権法において明記している。実用品用美術作品の判例はいくつかあり、

例えば、「禅椅子75、「外星人ベビー玩具」76等について、保護対象外とされた。

(3)タイプC

「タイプC」に属するのはインドであり、著作権法の規定上は保護される著作物に

実用品用美術作品が含まれるかどうかあいまいだが、判例によって実用品用美術作品

の保護が明確に否定されている77。

4-3各国の状況・背景の比較検討

ここでは、特別法制を有しない国々のいくつかについて、タイプ別にその状況や背

景等を比較検討してみる。

まず「タイプA」に属するフランスでは、18世紀後半のフランス革命以来、国王

によって独占されていた権利は、他の社会的権利と同様に廃止され、新たに著作者の

保護の基本的法律が制定された(1791年法及び1793年法)。フランスにおける

著作権法は、原則として、種類、完成の程度の別なく著作物を保護対象として認めて

いる。その広い保護範囲と柔軟な裁判所の対応は、特に1950年代のアメリカにお

いて非常に評価された。

アメリカでは、著作権法制定より1954年まで、実用品用美術作品は著作権法の

保護対象とされないと解され、意匠特許法のみにより保護されるべきであると考えら

れていた。しかし、1910年代半ば頃よりデザインの海賊版が増え、それによる経

済的なダメージをアメリカは被り、特許法では充分な保護対策ができず、オリジナル

デザインを保護する様々な方策が講じられたが、1954年「工芸著作物」78が著作権

の保護対象に明示されるようになった79。

次に、「タイプB」に属するドイツでは、実用品用美術作品のうち、人形や家具・イ

74 “Le Corbusier Furniture” 75 1998 年7月21日 洪達仁 v. 被告人 X 台湾高等裁判所判決。 76 2004年1月8日 “Guo Shunxing v. Complainant: Gaojia Co. Ltd.” 台湾最高裁判所判決。 77 前掲 Christopher Heath 及び By Rajendra Kumar, K&S Partners, India – Published in the May 2006

(Issue 160) of the Copyright World. 78 それまでは、意匠特許法の保護範囲になっていた。 79 ロバート・ゴーマン、ジェーキン・ギンズバーグ(2003 年)「アメリカ著作権法」206-212 頁。

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ンテリアについては判例上「形態形成の高度性」が認められ、著作権法において保護

されているが、服飾等は著作権法上の保護の可能性はあるものの、実際には、他の法

律(意匠法や不正競争防止法)によって対応されている80。

イタリアでは、実用品用美術作品の保護範囲が狭いため、外国から輸入された実用

品用美術作品が保護対象とならない可能性があると同時に、イタリアの製造業が実用

品用美術作品を海外に輸出販売する際、その実用品用美術作品が保護されない可能性

がある。例えば、トルコでは、「『コブラ型の形状のビールディスペンサー』は保護対

象とならない」という判例81以降、この判例がひとつのきっかけとなって、イタリアに

おける実用品用美術作品の保護範囲の再検討を望む声が特に家具・インテリア系の産

業界に上がっている82。

さらに台湾著作権法には、実用品用美術作品が明確に保護されているとは記載され

ていがないが、各国における保護の歩調にあわせるような判例が出されており、また、

WTO加盟後より一層、実用品用美術作品の保護を明確化しようとしている。例えば、

「彫刻品と美術工芸品の区別」83、「工業製品は非美術工芸品」84や、「美術著作者に関

する著作権法による保護準拠」85等の著作権法解釈に関する公式文書を発効している86。

台湾は産業財産権(特・実・意・商)の罰則規定を廃止し、全て民事にて対応してい

る為、著作権法による実用品用美術作品の保護範囲の拡大及び範囲確定を望む声があ

る。具体的には、台湾において、著名ブランドの服飾品の模倣に関し、日本を中心と

した服飾品ブランドメーカー数社が共同して、服飾品の保護を政府に要求すべく、保

護規定を模索している87。

「タイプC」に属しているインドであるが、同国は長年の間イギリスの影響下に置

かれていたため、1956年のイギリス著作権法に記載されていた「美的創作物を利

用した物品が工業的手段により50個以上複製された場合は、著作権法の適用対象外

になる」88という制度にあわせ、同国の判例では、実用品向けであることを理由として

保護対象外とされる判断基準は「生産される複製物の数」のみであり、その数が50

を超える実用品向けに作られた美術作品については、保護が否定されている。この判

例の対象となったものとしては、「旅行用カバン」89がある。

5 日本の現状とポリシー・インプリケーション

日本は、この研究において行ってきた分類・類型化に当てはめると、「特別法制を有

80 応用美術委員会(2003)「著作権法と意匠法との交錯問題に関する研究」ドイツ編 81 CERVISIA sues BIERFASS アンカラ裁判所(2006) 82 著者インタビューによる(8社中6社回答。内4社は外国においての保護範囲を鑑み再検討を望んでいる。)。 83 1993 年 3 月 9 日内政部法令解釈編集 84 1992 年 11 月 20 日内政部法令解釈編集 85 1997 年 4 月 21 日経済部知恵財産局(著作権法第3条) 86 王知恵局副局長への著者インタビューによる。 87 著者インタビューによる(現在日本のアパレルメーカー等十数社が協力し、台湾における実用品用美術作品の保護

の検討・調査をおこなっている。台湾知財局に保護法制の検討の申出も併せて検討しているとのこと。) 88 1911 年イギリス著作権法。 89 “Samsonite Corporation v. Vijay Sales and Anr.” (FSR (2000) 463) decided on May 30, 1998.

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しない国」の「タイプB」に属する。すなわち、ベルヌ条約第2条第7項に基づく実

用品用美術作品向けの特別法制は持っていないが、判例によって一定範囲の実用品用

美術作品が著作権による保護の対象とされている。

以下、日本の判例を分析するとともに、他国との比較を通じて、日本における実用

品用美術作品の保護の在り方について、ポリシー・インプリケーションを考察するこ

ととする。

5-1 判例から見た日本における保護の範囲

日本の著作権法では、第2条第1項第1号の規定より、保護される著作物は「思想

感情を創造的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するも

の」とされている。また、著作物を例示した第10条第1項の規定には、その第4号

に「絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物」という規定はあるが、実用品用美術作

品に相当するものは例示されていない。さらに、第2条第2項は、「美術の著作物」に

「美術工芸品」が含まれることを規定しているが、美術工芸品の定義規定は存在せず、

これは一般に「主として一品製作の手工芸的な美術作品」と解されており、実用品用

美術作品との関係は必ずしも明確ではない。90

しかしながら、一定範囲の実用品用美術作品については、判例で著作権保護の対象

である旨の判断が下されており、主な判例としては、例えば次のようなものがある。

〔著作物性が肯定されたもの〕

「Tシャツの図案」91

躍動感あるサーファーとイルカの姿を組み合わせた原画が「純粋美術と同視しうる」

作品であって、それがTシャツという実用品上に複製されたものと判断がなされた。

「仏壇を装飾する彫刻」92

「そこに(仏壇に)表現された美的表現を美術的に鑑賞することに主目的があるものに

ついては、純粋美術と同様に評価」という判断がなされた。

「帯の図柄」93

「純粋美術としての性質を有するか否か」及び「対象物を客観的にみてそれが実用

品製の面を離れ、一つの完結した美術作品として美的鑑賞の対象となりうるものであ

るか否か」が、判断の規準となった。

〔著作物性が否定されたもの〕

「電子玩具」94

「実用品のデザイン形態であっても、客観的に見て、実用面及び機能面を離れ独立

90 加戸守行(2003)「著作権法逐条講義(四訂新版)」66頁。 91 東京地判昭和56年4月20日無体集13巻1号432項。 92 神戸地姫路支判昭和54年7月9日無体集11巻2号371項。 93 京都地判平成元年6月15日判時1327号123項。 94 山形地判平成13年9月26日判時1763号212項。

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して美的鑑賞の対象となる美的特性を備えているものについては、・・・美術の著作物と

しての著作権法の保護が及ぶ」とした上で、本電子玩具はその要件を満たさず、著作

権の保護対象外とした。

「家具用の化粧板のデザイン」95

「実用品の模様などとして用いられることのみを目的として製作されたものであっ

ても、例えば著名な画家によって製作されたもののように、高度な芸術性(すなわち、

思想又は感情の高度に創作的な表現)を有し、純粋美術としての性質をも肯定」する

ものは、本家具用の化粧版のデザインはその要件を満たさず、著作権の保護対象外と

した。

これらの判例から推察されることは、日本の裁判所は、実用品用美術作品が著作権

保護の対象となる場合について、「純粋美術としての性質」の有無を基準としているこ

とである。これは、「高度の創作性」いう点から、同じ「タイプB」に属するドイツと

類似すると言える96。

5-2 他国の状況との比較

法制は、当然のことながら、それ自身に存在意義があるのではなく、その利用者の

ために作られるものである。このため、将来に向けた日本の法制を考察するに当たっ

ては、まず、日本における実用品用美術作品に関連する産業・権利者の状況を他国と

比較してみることが必要である。

現在日本は、上述のように「特別法制を有しない国」の「タイプB」に属し、判例

により保護をしている。同様にタイプBに属するドイツと比較すると、保護範囲はほ

ぼ同様といえるが、ドイツの保護範囲は判例において「高度な形態形成」という明確

な基準がある分、実用品用美術作品の著作権における保護範囲の判断が容易になると

思われる。

ベルヌ条約加盟当初、日本は、産業を手本としていたイギリスと同様の著作権保護

の政策をとっており、ベルヌ条約の改正会議においても、イギリスと同様に条約にお

ける実用品用美術作品の保護に関しては積極的な提案は行ってない97。国内においても

実用品用美術の著作物の保護の範囲は、何度か検討はされたものの、法令上取り決め

られず判例にのみ委ねられてきた98。

しかし日本においては、機能性のみならずデザイン性を重視する傾向が強まってお

り99、デザイン性の高い製品が海外に流通すると模倣品の対策等も講じなくてはならず、

実用品用美術作品を積極的に保護する傾向にある「タイプA」に属するフランス、韓

95 東京高判平成3年12月17日知的財産権関係民事・行政裁判例集23巻3号808頁。 96 前掲の「著作権法と意匠法との交錯問題に関する研究」のドイツ編においても、日本法との比較において議論され

ている。 97 1928 年の改正条約会議をはじめとして、一連の条約会議の記録からも明らかである。 98 昭和41年4月20日の著作権制度審議会答申・報告及び審議経過に詳述は記載「著作権法百年史(資料編)」。 99 知的財産推進計画(2007)においても、「魅力あるデザインの創造を推進する」、「日本のファッションを世界ブラ

ンドとして確立する」とし、製造業を日本経済の基幹産業と位置付け、製造業の育成強化や熟練技能者の地位向上を

謳っている。「ものづくり基盤技術振興基本法」(平成11年)もその政策の一環のあらわれであるといえる。

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国、アメリカ等の政策を参考に、物品の形状の効果的な保護や、模倣品対策の効果的

な方策を検討する必要があると思われる。

アメリカは、実用品用美術作品に関する法改正において、フランスにおける保護の

形態を研究し、自国においてどのように取り入れるべきかを検討した。アメリカで、

1954年著作権法改正以前には、フランス著作権法は、「知的且つ芸術的な権利を、

寛容に保護する」という点、また、意匠権などの産業財産権を取得できない実用品用

美術作品が寛容に保護されていた点で評価が非常に高かった。そのアメリカの保護法

政を参照したのが韓国である。韓国はまだ、実用品用美術作品に関する判例も少なく、

詳細な保護に関する定義をフランスやアメリカのように規定していないが、上述のよ

うに実用品用美術作品の保護範囲の拡大と明確化を図ってきた。これは、韓国もデザ

インが発達し、自国でまかなっていた実用品用美術作品に相当する生産を外国に委ね

ていたとともに、自国でこのような案件の取り扱いが重要視されてきたからである。

日本の産業界、特に服飾系メーカー(服・バック・靴・アクセサリー等)において、

取り扱い製品の保護を著作権法制上明確にし、保護範囲を拡大することを望む声があ

る(一部、玩具メーカーも)。これは、製品を企画・販売するまでの期間が短く、また、

その種類が多種多様なので、出願から登録まで期間(平均一年以上)及び出願費用を

要する為、全てを意匠権において保護することは効率的でないからである。昨今、日

本の服飾系メーカーのデザインは、アジア諸国にておいて非常に注目されており、日

本において流行したものは雑誌や映像を通じて瞬時に模倣される傾向にある。自国に

おいて実用品用美術作品を明確に保護していなければ、他国においても同等の保護は

要求できない。トルコや中国の例からも、日本において創作された実用品用美術作品

の海外における保護を念頭に入れる必要がある。

実用品用美術作品の保護範囲の拡大については、中小企業や個人デザイナーからは、出

願費用の高さが意匠登録出願を抑制する原因となっているとの指摘がある。また、意匠権

を維持するために必要となる登録料については、現在特許法等の他の産業財産権制度と同

様に累進制となっている(第42条第1項)が、意匠権を維持するために登録料を払うこ

とは、大企業にとってもかなりの負担になっているとの指摘がある。さらに、アパレル産

業のように、1種類の製品の生産ロット数は少ないが、多くの種類の製品を開発・生産す

る必要のある業種においては、これらの製品について意匠登録を受けることは、手数料・

登録料の負担が極めて大きく、意匠登録出願を大きく抑制する原因になっているとの

指摘がある100。

5-3 将来に向けたポリシー・インプリケーションの考察

以上の分析・考察の結果、明らかになったことは、第一に、日本の法制が「特別法

制を有しない国」の「タイプB」に属することであり、第二に、関係する産業等の現

状は、むしろ「タイプA」に属するフランス、アメリカ、韓国に近いということであ

る。

100 産業構造審議会知的財産政策部会 第1回意匠制度小委員会 (平成16年9月15日) 資料2「デザインと意匠制

度に係る検討の視点」。

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フランスは、デザイン性の高い製品を各国に流通させている。アメリカは模倣品の

対応に苦慮した際に、そのフランスの著作権制度を考慮し、自国の著作権法の実態に

合わせ法制政策行った。これらのことを鑑みると、日本は現状の法制のまま、デザイ

ン力の強化をはかり、模倣品対策を行うよりは、「タイプA」に属するような法制度を

とることの方が、その総余剰を高める可能性が高いといえる。すなわち、将来に向け

た日本の法制としては、実用品用美術作品の明確な規定を定め、時流に合わせて実用

品用美術作品に相当する著作物の保護範囲を積極的に拡大する必要がある。

意匠権の期間延長及び意匠の保護範囲の拡大を検討する審議会が開かれたが、意匠

の権利を強化・拡大しても、出願から登録までの審査期間と出願及び登録に要する費

用が出願人に要求されることにより、死荷重が発生する為、保護できない部分を解消

することは難しいといえる。無審査無登録で権利が発生する著作権でこそ保護でき、

保護の効用が高い実用品用美術作品は多い(特に服飾系)。実用品用美術作品を著作権

によって保護したからといって、意匠権の取引費用がかさむことはなく、むしろ創作

者の効用を高め、良いデザインを創作させるインセンティブになると考えられる。

フランスのように、著作物としての要件を備えているものは、(意匠法等による保護

の可能性の有無に関わらず)すべて著作物として保護すべきであるという考えは日本

においても成り立ち、この考え方のほうが著作権法の理論により忠実であるといえる101。

日本において、実用品用美術作品を著作権によって保護しようとする傾向が拡大さ

れているが、保護対象があいまいなままで判例に委ねるよりは、①著作物のとして実

用品用美術作品を保護し、②第10条の(著作物の例示)に、「応用美術」等の実用品

用美術作品を明示する用語を追加例示することをまず行うことが望ましいのではない

か。そして③実用品用美術作品の具体例を(アメリカがそうしたように)、明記すれば、

実用品用美術作品が著作権で保護されるのか意匠権で保護されるかの判断に要する全

体の取引費用が低減するのではないかと思われる。

6 最後に

日本における実用品用美術作品に関し、著作権法による保護をどのようにするかに

関しては、これまでも様々な検討がなされてきた経緯がある102。実用品用美術作品の

創作者の側には保護積極化の要望が強かった一方、利用者側である各業界の団体等の

強硬な反対意見に対して譲歩し、結局は実用品用美術作品の保護の強化は図れなかっ

たが、実用品用美術作品の著作権による保護は各国積極的に行われてきているのであ

るから、これらの業界団体の反対意見に合理的根拠なく譲歩し、権利範囲を狭めたま

まにすべきではない。

現在、WIPOにおいて、実用品用美術作品の保護を図るべく、議論がなされてお

101 実用品用美術作品の創作者側の意見である。社団法人著作権情報センター(2000)「著作権法百年史(資料編)」

316頁 102 社団法人著作権情報センター(2000)「著作権法百年史(資料編)」32頁、153-157頁。

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り103、各国に現状を報告させ、状況の把握につとめている。このことからも、実用品

用美術作品の世界的な保護の要求は年々強まり、国際機関も動かざるを得ない状況と

なっているといえる。日本においては、過去、デザインの創作者側からは実用品用美術

作品の保護を望む声が出されていたにもかかわらず、デザインの利用者側である関連業界

の混乱等を懸念するあまり実用品用美術作品の著作権法による保護に踏み切らなかった。

このWIPOの議論をきっかけとして、日本においても、現在の産業状態及び海外での

日本の実用品用美術作品の保護の状態を鑑みて、あるべき法制を制定することを強く

希求するところである。 以上

103 “Standing Committee on the Law of Trademarks, Industrial Designs and Geographical Indications” Sixteenth Session (Geneva, November 13 to 17, 2006); 第9回会議の際に、著作権法、意匠法、商標法によるカバレッジの交錯

について問題提起がなされた。第16回会議において、各国の意見を徴収の上、現状を把握するとされたので、次回

第17回の会議にてその内容が明らかにされることとなる。

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