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第80回全米公共・行政学会(ASPA) 全国大会参加報告書
兵庫自治学会会員
神戸市立本山中学校籍
兵庫教育大学大学院 小川 珠代子
<はじめに>
この度、兵庫自治学会より派遣され、3月8日~12日の5日間、ワシントン DC で開
催された全米公共・行政学会(ASPA)第80回全国大会に参加した。今回の大会では “A Call For Action: Advancing Public Service”(行動への呼びかけ:公共サービスの推進)をテー
マとし、全体会と多数の分科会、会議、ワークショップなどが開催された。参加者は、ア
メリカの行政関係者、公共政策の研究者、大学院生が多数を占めていたが、カナダ、オー
ストラリア、オランダのほかに中国、韓国からの参加者も分科会の発表に参加し、各国の
現状をふまえ、多様性に関する議論が行われていた。首都ワシントン市での今大会は、グ
ローバルなネットワーク形成とそれぞれの交流・研鑽の場となっており大変な盛会であっ
た。
私は、今回の大会テーマに関する基調講演、様々な分科会に参加し、ASPA の方々との情
報共有、交流の機会に恵まれた。その概要について以下に報告したい。
1.基調講演と全体会
開会式では、ワシントン DC の元市長、連邦市議会最高責任者のアンソニー・ウィリア
ムズ氏が基調講演を行った。氏は、2期、市長として在職経験があり、国の首都財政の回
復と政府機関のパフォーマンスの向上、減税、インフラとヒューマンサービスへの投資に
よって広く信用が置かれている。また、連邦市議会より先だって、バージニア州アーリン
トンの理事会でグローバルな政治を指揮し、ハーバード・ケネディ行政大学院で公共マネ
ジメントの講師として公共財政や市のリーダーシップについて教鞭をとる一方、民主統治
とイノベーションのため市のイノベーションプログラムのコーディネートを行った。ハー
バード大学ロースクール出身であり、ハーバード大学ケネディ大学院で MA を修得した。
これまでの業績に関して多数の受賞歴があり、1997年には パブリックオフィシャルオ
ブザイヤー、今年度は ASPA において国民公共サービス賞を受賞した。講演で氏は市長と
しての自らの経験を語るとともに、クリエイティブなプロフェッショナルリーダーであれ
と ASPA 大会の聴衆を激励された。
さらに、全体会では、公共サービスにおける ethics(倫理)と integrity(高潔、誠実)
に関するレクチャーがジャック・ノット氏によって行われた。氏は、政治機関や公共政策
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の分野で著名な学者であり、公
共政策学校管理ネットワーク
スクールの元学長といった経
験 が あ り 、 ‘Reforming Bureaucracy: The Politics of Institutional Choice’ (『官僚主
義改革:選択制度の政治』)といった書籍を含め、多数の記事
を執筆している。講演では、公
共サービスの歴史的背景を中心に、次世代に向けた市民教育、投票制度、給与制度などの
行政改革について述べられていた。その後、公共行政、民主主義とそれらの重要性につい
てディスカッションが行われた。行政マネジメント、リーダーシップ、パートナーシップ、
パブリックセクターの進展など、様々な視点から議論が行われた。
また、1960年代の公民権運動で居住権の侵害に対する訴訟の原告として知られるグ
ロリア・ホブソンを記念した「グロリア・ホブソン賞」を受賞したブランディ・ブレセッ
ト氏による記念講演があった。氏は、ミシガン州立大学で科学分野の学士号、デトロイト
にあるウェイン州立大学で教育リーダーシップにおいて修士号を取得後、高等学校で健康
とライフスキルの教師として勤務し、オールド・ドミニオン大学(ODU)で博士号を取得
している。現在、シンシナティ大学の准教授、公立行政学プログラム所長として、行政の
役割、社会的公平性といった研究が行われている。講演では、彼女自身の生い立ちから始
まり、歴史的に疎外されたグループのための公平性および正義について示唆に富んだ内容
が盛り込まれ、時には涙で声をつまらせながら聴衆を感動の渦へと導いた。
2.国際シンポジウム
国際会合として、アメリカの外交官として著名なクリストファー・ヒル氏が招かれ、北
朝鮮核問題や中国や韓国などアジア諸国との関係性など、喫緊の外交問題が取り上げられ
た。氏は、デンバー大学で外交に関して教鞭をとり、2010年よりデンバー大学の国際
研究大学院の校長を務めている。北朝鮮核問題をめぐる六者会合(北朝鮮の核開発問題の
解決のため、関係各国(6か国:アメリカ合衆国、中国、ロシア、北朝鮮、韓国、日本)
外交当局の局長級の担当者が直接協議を行う会議)のアメリカ首席代表や駐イラク大使
(2009-2010)を歴任した。他にも、1996年から1999年まで駐マケドニア大使、
1998年から1999年までコソボ特使、2000年から2004年まで駐ポーランド
大使、2004年から2005年まで駐大韓民国大使、その後東アジア・太平洋担当国務
次官補を務めた。
氏のキャリア外交官としての数々のエピソードのあと、多様化する国際社会において各
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国間における対話、柔軟かつクリエイティブな政策の重要性について体得することができ
た。全体的に、シンポジウムでは、アメリカの行政職員や研究者らを中心として、中国、
韓国からのプレゼンスが多く、アジア諸国の経済発展とともに外交問題について議論が交
わされた。
3.分科会「教育行政に関するグローバルな展望」
~ “Global Perspectives on Public Administration Education”~まず、行政における知識管理について、様々な知識を共有するデータ情報の蓄積、更新
のために、個人あるいはチームにおいて、各領域における「専門的技能」、価値観、意思決
定における「倫理能力」、協同的な「リーダーシップ」、適切に情報を公に伝える「コミュ
ニケーション能力」が必要とされること、同時にこれらは新しい行政の認知能力となり得
ることが示された。
また、NPO/NGO の教育行政について、韓国と米国の事例が提示され、教育行政におい
て NPO/NGO は協力的なサービスプロバイダーであり、参加型ガバナンス(participatory governance)の重要なカギとなることが示された。一方で、公共政策は今もなお行政機関に
よるトップダウン形式で行われており、NPO/NGO 機関のグローバルな文化政策形成にお
ける関与が今後一層求められていることが明らかにされた。
さらに、公務員試験と教育行政について、東京とソウルの比較研究が提示され、両国と
もに公務員は公的義務を果たすために一定レベルの教育行政に関する知識が求められてい
るが、その試験内容においては改良の余地があることが具体的に指摘されていた。
質疑応答において、日本の教育行政において「コミュニケーション能力」「多様性」等が
課題とされており、こういった課題解決のカギについて問うたところ、個人レベルおよび
チームレベルで、共通のビジョン(公共サービスに関する適切な情報伝達、公共サービス
の向上、等)をもち、それぞれの資質・能力向上の手立てを講じていくことが肝要である
と示唆された。
4.分科会「多様性と表象」~ “Diversity and Representation” はじめに、女性の社会進出に伴うジェンダー問題について事例研究が示された。アメリ
カの地方自治体では、女性による労働力の促進があるにもかかわらず、部長クラスはわず
か16.9%、副部長クラスは39.3%しか至っていない。女性の MPA 修了生の増加に
伴い、指導的立場への昇進が期待されているが、現状では地方自治体の幹部内で過小評価
され、不利な状態が依然として続いている。そこには、女性の昇進を阻むガラスの天井、
ガラスの壁といった障壁、ステレオタイプが存在している。また、女性は男性と比べてメ
ンターへのアクセスが少なく、メンター、同僚仲間、専門家とのネットワーク形成、教育
研修の充実により、女性のキャリアアップが目指されるべきであることが指摘された。
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次に、官僚制度と宥和政策(affirmative policy)について、バングラデシュとネパール
の事例が明示された。概して、南アジアの憲法はさまざまな宥和政策(affirmative policy)
によって平等と社会的公正が保障されている。スリランカとモルディブを除いて、南アジ
ア地域の主要国にはそれぞれクオータ制(政治システムにおける割当制度)が敷かれてい
る。バングラデシュとネパール両国では、特に女性、マイノリティグループおよび身体障
害者のコミュニティに対して、クオータ制における宥和政策が導入され、市民サービスの
増加や代議制による官僚制度の推進が予期されている。一方で、こういった政策が社会に
どれほどのメリットをもたらすのか、また政策内容の見直しの必要性など、今後の課題に
ついても言及された。
さらに、様々な職種の雇用者に対するインタビュー調査に基づいて、信仰に基づいた非
営利組織において、 “servant leadership(奉仕者的リーダー性)”が人的資源管理シス
テムに統合されている事例が示された。具体的
に、先人の宗教家(イエス・キリスト、ダライ・
ラマ、ブッダ)や政治家(アブラハム・リンカ
ーン、ネルソン・マンデラ、マハトマ・ガンジ
ー)は、人々に仕える「奉仕者」、理想とされ
る人格者であり、彼らには共通して“servant
leadership”という重要な要素が見いだされた
ことが明示された。これはアガペー(無償の愛)、
人的成長、人間の尊厳の重要性において、HR シ
ステムと深く関連しており、強化されなければ
ならない要素であることが主張されていた。
ディスカッションでは、各国においてリーダーとしての統率性よりもむしろ謙虚さ、奉
仕精神の価値観に比重が置かれており、持続可能で現実的なワークライフバランスについ
て今後も検討していかなければいけないという共通の見解がもたれた。
5.分科会「リーダーシップに関する最新情報」~ “The Latest on Leadership” 最新のリーダーシップ研究として、アメリカの兵役経験者を対象とした事例研究より、
リーダーの高い EQ(心の知能指数:自己や他者の感情を知覚し、また自分の感情をコント
ロールする知能)が認められ、広い視野と強い動機、自己統制といったマインドフルなリ
ーダーシップは、特に危機的な状況、緊急対応の場面において重要となり、こういったリ
ーダーシップの育成が今後一層求められることが指摘された。
また、リーダーのキーコンセプトとして、周囲に及ぼす影響力、言語/非言語コミュニケ
ーション能力、リーダーシップ統制スキルが明示され、特に非言語コミュニケーションで
は、うなずき、視線、座席での体の動きなど、場合によっては否定的にとらえられること
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もあるため配慮を有し、リーダーとして「傾聴」の姿勢が重要となることが示唆された。
集団に響く表現、コミュニケーションのあり方など、リーダーが求められる多様なニーズ
対応について研究の余地がある。さらに、非営利団体のリーダーの活躍推進、オンライン
募金、クラウドファンディングの有用性など、マインドフルネスとリーダーシップに関す
る内容からそれに関連した社会問題(軍事体験等によるPTSDの影響、精神疾患者への
対応など)まで、多岐にわたるテーマが展開され、今後のリーダーシップ養成やメンタル
ケアサポート、非営利団体の活動推進など、活発なディスカッションが繰り広げられた。
6.分科会「万人のための公共サービス:公平な組織と政策に向けて」
~ “Public Service for All: Toward Equitable Organizations and Policy” まず、アメリカの労働力促進について話題提供があった。今後の四半世紀において、ア
メリカの労働力のカギは移民とその子孫にあると想定されているが、現状では労働条件と
して専門的な資格取得、アメリカでの職業経験、英語力が問われるため、それらが移民に
対する就業の障壁になっている。特に、英語力において収入の格差が生じることが事例研
究より明示された。 実際に、TOEFL 準備コースでの英語力サポートプログラムや、大学や
非営利組織といった組織団体との連携によるキャリアサポートなど、英語力強化による高
度な専門的スキルの養成が移民労働政策の要となることが指摘された。
次に、アメリカにおける“gender diversity”は労働組織内、特に低所得者の男女雇用
者において生産力や財政向上にプラスの影響があることが想定され、同様に、多様な人種
の管理職らは社会的公平性といった価値観を重視した方針によって高く評価される傾向が
見られることがあげられた。また、アメリカ都市部の女性管理職は公的な意思決定に際し
て、男性管理職と比して、効率性、有能性、平等性といった様々な価値観を用いてリーダ
ーシップを発揮し、雇用者の労働力に好影響を与えていることも示された。
さらに、アメリカ、ポートランド州の非営利団体における社会的公平性推進プログラム
に関する調査結果が提示された。非営利団体ではリーダーシップ、文化(インターナショ
ナルコミュニケーション、相互信頼などを含む)、雇用(多様な人種雇用)が重要な要素
であり、今後、団体が文化的に責任ある組織として機能していくために、共感的理解、コ
ミットメント、信頼関係、曖昧耐性、協同性といった資質が求められることが明示された。
同時に、こういった資質を高める機会提供( 例:“train the trainer”アプローチ)、
組織の発展的なビジョンでもって革新を行っていくことの重要性も示唆された。
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8.レセプション等
全体のレセプションに参加し、各国のASPA会員の方や私のような初めての参加者の方々
との交流を深めることができた。また、展示ブースでは、ASPA や提携団体である大学のコ
ース・研究概要や出版物の展示がされていた。ASPA のグローバルな展開とネットワーク形
成の魅力について大いに知るところとなった。閉会の辞は元アメリカ副大統領、ジョー・
バイデン氏により述べられた。氏はデラウェア大学出身で、オバマ前政権で副大統領を務
めた。幼少期の家庭生活など心温まるエピソー
ドを交えつつ、数年前に長男を亡くすなど、数々
の試練に遭いながら、それらが契機となって
“grit”、チャレンジ精神が形成されていったこと
が語られた。また、氏ならではの聴衆を魅了す
る話術、ユーモアでもって、 氏はスピーチの終
始において“You Can Do it!!”と連呼し、新たな
挑戦に向けて自分を奮い立たせることの重要性
を示唆した。スピーチ後、スタンディングオベ
ーションによる感動的な歓声とともに大会の幕
が閉じられた。
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<終わりに>
今回初めて ASPA 全米大会に参加する機会をいただき、リーダーシップ教育、マイノリ
ティーに対する教育支援、女性のキャリア促進など、各国の様々な課題が見出され、それ
らの解決の糸口は「多様なネットワーク形成」であることを感じ取ることができた。参加
者の方々とディスカッションや交流を通して、格差がもたらす排他主義に対する反省とと
もに、多様性による多文化共生社会の在り様、可能性について大いに考え、学ぶところと
なった。特に、アメリカの高等教育機関におけるステレオタイプに関するフレームワーク
(Stereotype Threat Reduction Framework:STFR)や多様性に関する倫理教育プログラ
ムは、今後、日本の公教育にも資するプロジェクト開発であると思われた。大会全体を通
して、多様性は創造性のカギであり、公教育における原動力、行政改革の基盤となること
を確信することができた。
また、今大会は例年同様、中国や韓国のプレゼンスが多く、日本の行政職員や研究者に
よる複数の参加でもって現地交流の機会がつくられることが望まれる。私自身、今大会で
の多様な人たちとの交流、ネッ
トワーク形成をふまえて、行政、
教育、リーダーシップ、キャリ
ア形成など、様々な視点から多
様性についての研究を深め、今
後、公的機関や教育機関に生か
していきたい。
<ASPA 本部事務局スタッフと交流を記念して>