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ASTRO-H 搭載 X CCD カメラのコンタミネーション対策 井澤 正治  (宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部 宇宙物理学研究系  東京工業大学 理工学研究科 基礎物理学専攻 修士課程 1 ) ABSTRACT 我々の研究グループでは 2014 年打ち上げ予定の X 線天文衛星 ASTRO-H に搭載される軟 X 線撮像検 出器 (Soft X-ray Imager : SXI) の開発を行っている。ASTRO-H の観測対象とする X 線のエネルギー 範囲は広く、約 3 桁の領域 (0.1-100 keV あるいは 100-0.1 ˚ A) にも及ぶ。したがって、X 線の性質も大き く変わり、数 keV より高いエネルギーの X 線は比較的透過力が強いのに対し、それ以下のエネルギーの X 線は透過力が弱く、簡単に吸収されてしまう。特に 1 keV 以下のエネルギーの軟 X 線は著しく吸収されや すく、検出器の取り扱いには細心の注意が必要である。 『ぎんが』までの X 線衛星で主に使用されてきたガスカウンターでは、X 線入射窓にガス圧に耐える強度 (つまり厚さ) が必要なことから、観測エネルギー範囲は 1-2 keV より高くせざるを得ず、また、検出器自 身も常温で使用するため、衛星から放出されたアウトガスが検出器に付着し、汚染 (コンタミネーション) を引き起こすことはなかった。しかし、SXI の場合、観測エネルギー範囲が低エネルギー側 (0.4 keV) で伸びており、また、CCD を低温 (-120 C) に冷却して使用するため、CCD 表面に付着したアウトガス による軟 X 線の吸収が検出器の感度を著しく低下させる可能性がある。そこで、SXI では検出器内部を二 部屋構造にし、(アウトガス発生が懸念される) ビデオボード等の電子部品のある部屋と、(清浄に保つべき) CCD のある部屋を分離している。しかし、部屋を隔てるしきり板には配線等によるわずかな隙間があるた め、アウトガスの一部が CCD に付着してしまう。 本研究では、SXI 内部のアウトガス源として最も注意すべきビデオボードに関して、アウトガス許容値 を評価するとともに、試作品ビデオボードについて実際にアウトガス量の測定を行った。 1 ASTRO-H 衛星と X CCD カメラ (SXI) 1.1 ASTRO-H 衛星 次期 X 線天文衛星 ASTRO-H は、『すざく』衛星に次ぐ日本で 6 番目の国際 X 線天文衛星である。過去最 高となる 0.3-600 keV の広帯域で、『すざく』に比べ 10-100 倍の高感度観測を実現し、ブラックホールの周辺 や超新星爆発といった高エネルギーの現象に満ちた極限宇宙の探査や、高温プラズマに満たされた銀河団の観 測を行い、宇宙の構造やその進化を明らかにする。 1.2 X 線撮像検出器 (SXI) SXI 0.4-12 keV の軟 X 線領域において撮像分光を行う焦点面検出器であり、軟 X 線望遠鏡 (Soft X-ray Telescope : SXT) から 5.6 m 離れた焦点面に配置される。高い位置分解能とエネルギー分解能を兼ね備えた X CCD が用いられ、これまでの X CCD よりも広いエネルギー領域をカバーする。また、CCD 素子の 暗電流抑制の観点から、機械式冷凍機により CCD -120 C に冷却し動作させる。 2 コンタミネーション コンタミネーションとは『汚染』のことであるが、人工衛星の場合について言えば、衛星搭載品から発生し たアウトガスが衛星表面に付着する現象のことである。コンタミネーションは、衛星搭載機器の性能低下など 様々な影響を及ぼすことが知られていて、観測目的が達成されないなど重大な影響が懸念されるため、衛星開 1

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Page 1: ASTRO-H 搭載 X線CCD カメラのコンタミネーショ …...図2. 1 はXIS 1 で観測した超新星残骸E0102-72 のエネルギースペクトルである。一般に超新星残骸から

ASTRO-H搭載X線CCDカメラのコンタミネーション対策井澤 正治  (宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部 宇宙物理学研究系 

東京工業大学 理工学研究科 基礎物理学専攻 修士課程 1年) 

ABSTRACT

我々の研究グループでは 2014年打ち上げ予定の X線天文衛星 ASTRO-Hに搭載される軟 X線撮像検出器 (Soft X-ray Imager : SXI) の開発を行っている。ASTRO-H の観測対象とする X 線のエネルギー範囲は広く、約 3桁の領域 (0.1-100 keV あるいは 100-0.1 A)にも及ぶ。したがって、X線の性質も大きく変わり、数 keVより高いエネルギーの X線は比較的透過力が強いのに対し、それ以下のエネルギーの X

線は透過力が弱く、簡単に吸収されてしまう。特に 1 keV以下のエネルギーの軟 X線は著しく吸収されやすく、検出器の取り扱いには細心の注意が必要である。『ぎんが』までの X線衛星で主に使用されてきたガスカウンターでは、X線入射窓にガス圧に耐える強度(つまり厚さ)が必要なことから、観測エネルギー範囲は 1-2 keVより高くせざるを得ず、また、検出器自身も常温で使用するため、衛星から放出されたアウトガスが検出器に付着し、汚染 (コンタミネーション)

を引き起こすことはなかった。しかし、SXIの場合、観測エネルギー範囲が低エネルギー側 (0.4 keV)まで伸びており、また、CCDを低温 (−120 ◦C)に冷却して使用するため、CCD表面に付着したアウトガスによる軟 X線の吸収が検出器の感度を著しく低下させる可能性がある。そこで、SXIでは検出器内部を二部屋構造にし、(アウトガス発生が懸念される)ビデオボード等の電子部品のある部屋と、(清浄に保つべき)

CCDのある部屋を分離している。しかし、部屋を隔てるしきり板には配線等によるわずかな隙間があるため、アウトガスの一部が CCDに付着してしまう。本研究では、SXI 内部のアウトガス源として最も注意すべきビデオボードに関して、アウトガス許容値を評価するとともに、試作品ビデオボードについて実際にアウトガス量の測定を行った。

1 ASTRO-H衛星と X線 CCDカメラ (SXI)

1.1 ASTRO-H衛星

次期 X線天文衛星 ASTRO-Hは、『すざく』衛星に次ぐ日本で 6番目の国際 X線天文衛星である。過去最高となる 0.3-600 keVの広帯域で、『すざく』に比べ 10-100倍の高感度観測を実現し、ブラックホールの周辺や超新星爆発といった高エネルギーの現象に満ちた極限宇宙の探査や、高温プラズマに満たされた銀河団の観測を行い、宇宙の構造やその進化を明らかにする。

1.2 軟 X線撮像検出器 (SXI)

SXIは 0.4-12 keVの軟 X線領域において撮像分光を行う焦点面検出器であり、軟 X線望遠鏡 (Soft X-ray

Telescope : SXT)から 5.6 m離れた焦点面に配置される。高い位置分解能とエネルギー分解能を兼ね備えたX線 CCDが用いられ、これまでの X線 CCDよりも広いエネルギー領域をカバーする。また、CCD素子の暗電流抑制の観点から、機械式冷凍機により CCDを −120 ◦Cに冷却し動作させる。

2 コンタミネーションコンタミネーションとは『汚染』のことであるが、人工衛星の場合について言えば、衛星搭載品から発生したアウトガスが衛星表面に付着する現象のことである。コンタミネーションは、衛星搭載機器の性能低下など様々な影響を及ぼすことが知られていて、観測目的が達成されないなど重大な影響が懸念されるため、衛星開

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Page 2: ASTRO-H 搭載 X線CCD カメラのコンタミネーショ …...図2. 1 はXIS 1 で観測した超新星残骸E0102-72 のエネルギースペクトルである。一般に超新星残骸から

発においては適切なコンタミネーション対策を行う必要がある。

2.1 アウトガスの物理

ABSTRACTでも述べたように、本研究の目的は、アウトガスが X線検出器に与える影響を定量的に評価することなので、まず、アウトガスの性質と振る舞いについて簡単にまとめておく。詳細については参考文献[4]、[5]を参照されたい。

2.1.1 吸着固体表面へのガスの吸着には、物理吸着と化学吸着がある。物理吸着は、吸着分子がファンデルワールス力によって固体表面に吸着する現象で、吸着エネルギーはほぼ気体の液化熱に等しい。したがって、吸着エネルギーは比較的小さく、また、吸着量によって吸着エネルギーが変化することも少ない。一方、化学吸着は吸着分子に変形や解離が起こり、固体表面の原子と共有結合やイオン結合することによって生ずる。したがって、化学吸着の場合、吸着エネルギーはむしろ分子の生成熱に近く、物理吸着に比べて非常に大きくなり得ることが分かる。また、清浄な表面に吸着が進んでいく場合、最初は表面の構成物質との間で化学吸着が進んでいくものの、表面が覆われてくるにつれて自己同士の吸着が主になり、吸着熱がだんだん小さくなっていくのが普通である。なお、物理吸着と化学吸着ははっきり区別できるものではなく、連続的に移り変わっていくものと考えられる。物理吸着にしろ化学吸着にしろ、吸着が進む早さは、単位時間単位面積当たりに衝突する気体分子の数とその吸着確率の積に比例する。

吸着の早さ ∝ ωnv/4 (2. 1)

ω : 吸着確率n : 分子数密度v : 分子の平均速度

この式によると、気体分子が壁に衝突する頻度はきわめて大きく、例えば、付着率が 1だとすると、10−6 Torr

の場合には 1秒で壁面が単原子分子層で覆われてしまうことになる。したがって、通常は壁面に付着していく早さと壁面から離脱する早さがほとんど釣り合っていて、両者のわずかな差を通じて正味の吸着や離脱が生じることになる。

2.1.2 脱離固体表面に吸着している分子は、脱離の活性化エネルギーよりも大きなエネルギーを受け取ると、脱離して固体表面から離れることが可能になる。したがって、脱離の早さは、脱離の活性化エネルギーと温度の比で決まり、

脱離の早さ ∝ Λexp(−Ed/RT ) (2. 2)

Λ : 吸着分子が表面を覆っている割合 (被覆率)

Ed : 脱離の活性化エネルギーR : 気体定数T : 吸着面の温度

2

Page 3: ASTRO-H 搭載 X線CCD カメラのコンタミネーショ …...図2. 1 はXIS 1 で観測した超新星残骸E0102-72 のエネルギースペクトルである。一般に超新星残骸から

と表される。吸着面への滞在時間の極端に長い分子、つまり脱離の活性化エネルギーの大きい分子は実質的に脱離することがないため、アウトガス対策では問題になることが少ない。これに対し、中程度の活性化エネルギーを持つ物質、例えば、水の物理吸着 (約 60 kJ/mol)や拡散ポンプ油の物理吸着 (90-110 kJ/mol)などは、大きな問題になり得る。また、式 (2.2)より脱離の早さは温度の上昇により急激に増加することが分かる。これが真空中でベーキング (baking : 焼きだし)が行われる理由である。

2.1.3 吸着脱離平衡2.1と 2.2で述べたように、現実的な状況では吸着と脱離はほとんど釣り合っており、準静的に物事が進行すると考えられる。吸着と脱離の釣り合いを考えるとき、考慮すべきパラメーターとして被覆率が挙げられる。吸着では、被覆率に依存して吸着する相手が異なってくるため、被覆率に応じて吸着エネルギーが実質的に変化する。この変化は、物理吸着では少なく、化学吸着では大きい。一方、脱離の場合は、被覆率が 1より小さい場合は、脱離の早さは被覆率に依存するものの、被覆率が 1より大きくなればもはや被覆率には依存しないと考えられる。なお、ここでいう被覆率は、固体表面が分子で覆われている場合であるが、脱離や吸着の早さの被覆率依存性から求められる固体表面積は、微小粗さのためにその幾何学的面積よりも著しく大きくなるのが普通である。数十倍に大きくなることも珍しくない。

2.2 宇宙機におけるコンタミネーション

2.2.1 コンタミネーション発生のメカニズム人工衛星に使用されているプラスチックやゴムなどの高分子材料は、可塑剤や酸化防止剤などの低分子有機物が添加され、合成時に残った未反応モノマーが含まれている場合がある。衛星打ち上げ後、高分子材料が真空に曝されると、含有されていた低分子有機物がガス化し、材料から放出される現象が起こる。この揮発性のガスをアウトガスと呼ぶ。アウトガスが衛星内部で発生した場合、まず衛星内部を満たし、衛星外部へ通じる開口部を通して徐々に排出される。一方、衛星内部を満たすガスは衛星内を飛び回るうちに搭載機器に吸着・脱離を繰り返し、やがて温度が低い場所に付着してコンタミネーションを引き起こす。

2.2.2 『すざく』衛星におけるコンタミネーションの影響『すざく』衛星には 4台の X線検出器が搭載され、それぞれ XIS 0, XIS 1, XIS 2, XIS 3と呼ぶ。XISにおいて X線は CCDにほぼ垂直に入射するため、CCDにアウトガスが付着している場合、光電吸収により入射X線の強度は減衰する。したがって、エネルギーが 1 keV以下の軟 X線ほど容易に吸収されてしまう。XISにおけるコンタミネーションの影響を確認するために、あらかじめエネルギー強度が既知である軟 X

線源について観測を行い、計測される軟 X線のスペクトル変化から余分な吸収物質が存在しないか確かめる。図 2. 1は XIS 1で観測した超新星残骸 E0102-72のエネルギースペクトルである。一般に超新星残骸からの X線の強度は、我々が観測する時間スケールでは一定であることが知られている。また、エネルギースペクトルがよく分かっており、『すざく』衛星から定常観測可能であることからこの天体が選ばれた。

3

Page 4: ASTRO-H 搭載 X線CCD カメラのコンタミネーショ …...図2. 1 はXIS 1 で観測した超新星残骸E0102-72 のエネルギースペクトルである。一般に超新星残骸から

10.5 20.01

0.1

110

norm

aliz

ed c

ount

s sï1

keV

ï1

Energy (keV)

E0102ï72 (Suzaku XISï1)

図 2. 1 XIS 1による超新星残骸 E0102-72のエネルギースペクトル (和田 師也氏提供)。図中の黒、赤で示されたデータ点は各 2005年 8/31、同 12/16に観測されたデータを表す。

図 2. 1から、衛星打ち上げ後まもなくの 2005年 8月と、その 4ヶ月後の 2005年 12月の観測データを比較すると、低エネルギー側 (<1 keV)で X線の強度が減少しているのが確認できる。これより、天体によるエネルギー強度の変化分ではなく、検出器による強度の変化分、つまり、CCDに付着したアウトガスによる軟X線の吸収により、検出器の感度が低下していることが確認された。

2.3 SXIにおけるコンタミネーション対策

SXIでは以下のような対策により CCDへのアウトガス蓄積を防いでいる。

• SXI外部で発生したアウトガスに対しては、コンタミネーション防止フィルターにより侵入を防ぐ。• SXI内部で発生するコンタミネーションについては、SXI内部を二部屋構造にし、(アウトガス発生が懸念される)ビデオボード等の電子部品のある部屋と (清浄に保つべき) CCDのある部屋を分離する。二部屋構造の隙間をできるだけ小さくすることにより、CCDの置かれる部屋へのアウトガスの侵入を抑制する。

• SXIの各部屋で発生するアウトガスについては、それぞれベントパイプにより衛星外部に排出する。

2.4 SXIのアウトガス許容値

SXIに対する検出効率の要求としては、『有効エネルギー範囲下限である 0.4 keVでの検出効率低下が 10%以内』となっている。この要求から SXIでのアウトガス許容量を算出する。アウトガス量と検出効率低下は、付着する物質の組成に依存するため、ここでは『すざく』衛星で主なアウトガス物質とされた DEHP(C24H38O4

: 分子量 390.6)を仮定して算出する。DEHP以外のアウトガス物質も炭素が主体であるため、この仮定で特に問題はない。

4

Page 5: ASTRO-H 搭載 X線CCD カメラのコンタミネーショ …...図2. 1 はXIS 1 で観測した超新星残骸E0102-72 のエネルギースペクトルである。一般に超新星残骸から

ここで、DEHPが CCDに付着した際の、検出効率低下のエネルギー依存性を検討する。図 2. 2は、CCD

に DEHPが 5 µg/cm2 と 1 µg/cm2 付着した場合について示している。いずれの場合も 0.3 keV付近の炭素の edge構造を中心とする低エネルギー側で検出効率の低下が見られる。0.4 keVのエネルギー帯を見ると、5

µg/cm2 の場合は検出効率の低下が 10% 以下に抑えられている。したがって、上記の要求を満たす条件として、『SXI光路中に存在するアウトガス量は 5 µg/cm2 以下』が必要となる。

28 第 4章 ASTRO-H衛星と SXIの概要

4.3 SXIのコンタミネーション許容値ここでは『有効エネルギー範囲下限である 0.4 keVでの検出効率が 10%以内』という要求から、

SXIでのコンタミネーション許容量を算出する [27]。コンタミネーション量と検出効率低下量の関係は、付着する物質の組成に依存するため、ここでは「すざく」で主なコンタミネーション源とされたDEHP(C24H38O4:分子量 390.6)を仮定して算出する。DEHP以外のコンタミネーション源物質も炭素が主体であるので、この仮定で特に問題はない。ここで、DEHPが CCDに付着した際の、検出効率低下のエネルギー依存性を検討する。図 4.5

に、DEHPが 5 µg/cm2と 1 µg/cm2のコンタミネーション物質が付着した場合について示す。いずれの場合も炭素の edge構造を中心とする低エネルギー側で検出効率の低下が見られる。0.4 keVのエネルギー帯を見ると、5 µg/cm2の場合でも検出効率の低下を 10%以下に抑えることが可能である。したがって、上記の要求を満たすような条件として、『SXI光路中に存在するコンタミネーション量は 5 µg/cm2以下』が必要となる。

図 4.5: DEHPによる検出効率低下のエネルギー依存性。実線が 5 µg/cm2、点線が 1 µg/cm2 の場合。

4.4 SXI-S内部からのコンタミネーション物質への対策ASTRO-Hのコンタミネーション対策では、アウトガス発生源として大きく 2つの場合を考え

る。衛星全体からのアウトガスによるコンタミネーション対策は本論文のテーマであり、これは次章以降で述べる。他方、SXI-S内部からのアウトガスに対する対策も必要であり、本節で述べる。

SXI-S内部からのコンタミネーション物質の発生源は、PCB基板と実装された部品、PCB-Feedthruの間のケーブルが考えられる。それらのコンタミネーション物質は積極的な対策なしに防ぐことはできないので、CCDに付着しないように対策が必要になる。その対策として、まず SXI-S内を二部屋に分け、間にしきり板を置く構造にした (図 4.6)。CCD

は上の部屋に置かれ、これにより下の部屋からのコンタミネーション物質を防ぐことができるようになる。さらに、それぞれの部屋に vent pipeを設置し、部屋内のアウトガスを外部に放出で

図 2. 2 DEHPによる検出効率低下のエネルギー依存性。実線が 5 µg/cm2、点線が 1 µg/cm2 の場合。

2.5 ビデオボードのアウトガス許容値

2.5.1 CCDへのコンタミネーションの要求前節より 0.4 keVでの検出効率低下を 10%以下にするために、SXIに対するアウトガス許容値は 5 µg/cm2

である。一方、CCD へのコンタミネーションとしては地上試験時のコンタミネーションが主要になるため、ここでは地上試験時のアウトガス許容値の配分を 3 µg/cm2 として考えることにする。CCDを含めた低温部のうち、どこにアウトガスが付着するかはアウトガスの侵入パスにも依存するが、ここでは簡単のため CCD

全面に均等にアウトガスが付着すると仮定する。そうすると、地上試験時のアウトガス総量に対する要求として、低温部の面積を 206.6 cm2 とすると

3 µg/cm2× 206.6 cm2 = 620 µg (2. 3)

となる。

2.5.2 アウトガスの総量『すざく』衛星のベーキング結果によると、単位時間あたりのアウトガス量は時間とともに減少し、時間の−0.8 乗に比例した。ここでは、ビデオボード等からのアウトガスも同様の時間依存性をもつと仮定する。ただし、アウトガス量が単純に t−0.8 に比例すると仮定すると、時間の原点付近でアウトガスが急激に増大することになり、非現実的である。この問題を避けるため、ベキ関数モデルは t=1 day 以降で適用可能として、単位時間あたりのアウトガス量が

A

(t

86400 s

)−0.8

µg/sec (適用範囲は、t>86400 sec) (2. 4)

5

Page 6: ASTRO-H 搭載 X線CCD カメラのコンタミネーショ …...図2. 1 はXIS 1 で観測した超新星残骸E0102-72 のエネルギースペクトルである。一般に超新星残骸から

のように変化すると仮定する。ここで、A µg/secは最初に真空に曝されるときのアウトガス量である。したがって、軌道上におけるアウトガスの総量は、『すざく』でアウトガスがほぼ 1年で放出されなくなったことを考慮すると ∫ 1 year

1 day

A

(t

86400 s

)−0.8

dt=A

1− 0.8

(1

86400

)−0.8

[t0.2]1 year1 day (2. 5)

= 1.0× 106A µg

となる。

2.5.3 SXI内部からのアウトガス2.3節の SXIのコンタミネーション対策でも述べた通り、SXIは上部と下部に分かれ、上部に面積 SCCD cm2

の CCDが置かれる。上部からは冷却開始時で AU µg/cm2/s、下部からは AL µg/cm2/sのアウトガスが放出されているとする。上部と下部の間には面積 Sg cm2、長さ Lg cmの gapがある。下部には半径 rV cm2、長さ L cmのベントパイプがつながっている。

・SXI上部からのアウトガス量上の部屋からのアウトガスについては、ベントパイプから排出される前に低温部に付着してしまう。

そこで、ベントパイプは考慮せずに、アウトガスは CCDと gapに分配されると考える。CCDに配分された分のアウトガスは全てコンタミネーションを引き起こす。したがって、SXI上部からの 1 年分のアウトガス量は

1.0× 106 AUSCCD

SCCD + Sg≈ 1.0× 106 AU µg (2. 6)

となる。ただし、gapは CCD面積に比べて十分小さいと仮定した。上の部屋には、アウトガス源となるプラスチック類は少ないので、主なアウトガス源は部屋の内面であると考えられる。

・SXI下部からのアウトガス量アウトガスはベントパイプと gap に分配される。gap に分配されて上の部屋に移動した分のアウト

ガスは全てコンタミネーションを引き起こす。ここで分配比は、ベントパイプと gapのコンダクタンスの比になるはずである。ベントパイプのコンダクタンス Cv は分子流の場合

CV = 121(2rV)

3

Lm3/s = 968

( rV1 cm

)3(

L

100 cm

)−1

cm3/s (2. 7)

となる。gapのコンダクタンス Cg については、配線が二部屋のしきり板を貫通する箇所に、1 mm×1 mm で長さが 1 cm 程度の隙間が 4 つあると仮定する。実際はこの隙間はもっと小さいはずであるが、他の場所にも隙間があるため、この値で代表させる。したがって、ギャップのコンダクタンス Cg

は分子流の場合

Cg = 4× 172

(Sg4

)3/2

/Lg = 68.8

(Sg/4

1 mm2

)3/2 (Lg

1 cm

)−1

cm3/s (2. 8)

となる。したがって、SXI下部からのアウトガスのうち CCDに付着する量は CV +Cg~CV とすると

1.0× 106AL

68.8(

Sg/41 mm2

)3/2 (L

100 cm

)−1

968(

rV1 cm

)3 ( Lg

1 cm

)−1 = 7.1× 104AL

(Sg/4

1 mm2

)3/2 (L

100 cm

)−1

(rV

1 cm

)3 ( Lg

1 cm

)−1 µg (2. 9)

6

Page 7: ASTRO-H 搭載 X線CCD カメラのコンタミネーショ …...図2. 1 はXIS 1 で観測した超新星残骸E0102-72 のエネルギースペクトルである。一般に超新星残骸から

となる。

2.5.4 地上ベーキングに対する要求以上より、SXI 上部、下部両方からのアウトガスが地上試験時のアウトガスの要求値を超えないための条件は

1.0× 106AU + 7.1× 104AL

(Sg/4

1 mm2

)3/2 (L

100 cm

)−1

(rV

1 cm

)3 ( Lg

1 cm

)−1 <620

(SCCD

206.6 cm2

)(2. 10)

となる。通常、ビデオボード等からのアウトガスが金属表面からのそれより桁違いに大きいため、AU を無視し AL のみを考慮すると

AL<9× 10−3

(rV

1 cm

)3 ( Lg

1 cm

)−1

(Sg/4

1 mm2

)3/2 (L

100 cm

)−1

(SCCD

206.6 cm2

)µg/s (2. 11)

となる。アウトガス量の推定には不定性が多いため、ここでは 1桁近くのマージンをとり

AL<1 ng/s  (ベーキング終了時のアウトガス上限値) (2. 12)

となる。

3 ビデオボードからのアウトガス測定SXIの場合、アウトガス源として最も注意すべきはセンサー内にあるビデオボードであることが分かっている。ビデオボードからのアウトガス量は十分少ない必要があり、今回は試作品のビデオボードからのアウトガス量を測定し、アウトガス量許容値を達成可能かどうかを確かめた。

3.1 測定装置

アウトガス量の測定には TQCM(Thermoelectric Quartz Crystal Microbalance) を用いた。TQCM は、温度コントロールされた水晶振動子を利用してアウトガス量を測定する装置である。TQCMは真空槽中に露出され、かつ冷却されてアウトガスが吸着しやすい状態に保たれる。TQCMにアウトガスが吸着すると、水晶振動子の固有振動数が減少するため、周波数変化分を精度よく測定し、吸着量に換算することができる。今回使用した TQCMは、水晶振動子の面積が 0.316 cm2、振動数が 15 MHz、感度は 1.96× 10−9 g/cm2/Hz

である。測定系の概念図を図 3. 1に示す。

3.2 測定結果

測定結果を図 3. 2に示す。測定は、TQCMの温度を 20 ◦Cから −20 ◦Cまで 10 ◦Cおきに変化させ、各温度で TQCMの周波数を 1分毎に計 10分間測定し、アウトガス吸着率を求めた。また、チャンバーからのバックグラウンドガスを考慮して、ビデオボードをチャンバーに入れた場合と入れない場合で測定を行った。図中のビデオボードのみの場合のデータは、ビデオボードを入れた場合のデータからビデオボードを入れな

7

Page 8: ASTRO-H 搭載 X線CCD カメラのコンタミネーショ …...図2. 1 はXIS 1 で観測した超新星残骸E0102-72 のエネルギースペクトルである。一般に超新星残骸から

図 3. 1 測定概念図。

かった場合のデータを差し引いたものである。また、測定時のチャンバー内の真空度は概ね 10−6 Torr程度であった。

C]°Temperature [-20 -15 -10 -5 0 5 10 15 20

Hz/

min

1

10

210

Board+ChamberBoardChamber

C]°Temperature [-20 -15 -10 -5 0 5 10 15 20

Hz/

min

1

10

210

C]°Temperature [-20 -15 -10 -5 0 5 10 15 20

Hz/

min

1

10

210

C]°Temperature [-20 -15 -10 -5 0 5 10 15 20

Hz/

min

1

10

210

C]°Temperature [-20 -15 -10 -5 0 5 10 15 20

Hz/

min

1

10

210

Board+ChamberBoardChamber

TQCM温度 ℃

周波

数変

化率

Hz/

min

図 3. 2 ビデオボードからのアウトガス測定結果。赤線はチャンバーにビデオボードを入れた場合。青線はチャンバーに何も入れなかった場合。緑線はチャンバーにビデオボードを入れた場合のデータから何も入れなかった場合のデータを差し引いたもの。

3.3 吸着率の温度依存性

TQCMへの吸着量は、TQCMセンサーに入射する分子の数とセンサーから脱離する分子の数の差で決まる。入射分子はガスの分圧で決まり、1回のアウトガス測定に要した時間は 1時間程度であったため、この間のガスの分圧は一定とみなせる。したがって、(2.1)式で表される吸着の早さは一定とみなせる。一方、(2.2)

式で表される脱離の早さは、TQCM表面に付着している分子数と分子の種類、また、TQCMの温度に依存する。ただし、各温度においてアウトガス測定を行う前に、TQCMのベーキングを行うようにしていたため、測定時には吸着ガスの被覆率は 1に比べて十分小さかったと考えられる。そこで、以下簡単のため、測定中に被覆率の変化はなかったものと仮定する。実際、アウトガスは様々な分子の集まりであり、脱離の早さは活性化エネルギーが異なる各成分を足し合わせて考える必要がある。しかし、ここでは近似として、活性化エネルギーは 1種類のアウトガスで代表されるものとする。したがって、(2.2)式は T以外すべて定数となり、TQCMに対する吸着率は

TQCM吸着率 = P0 − exp(P1 − P2/T ) : T = TQCM温度 (3. 1)

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という温度のみの関数になる。ここで、Tは TQCMの絶対温度、P0 は TQCMに入射してくる吸着性ガスのフラックス (Hz/min)、P1 はセンサー表面に吸着している分子数とアウトガスの脱離速度の積に関連する量である。また、P2 は Ed/R であり、気体定数 R(8.31 J/K/mol)をかけることで活性化エネルギーに換算できる物理量である。この関数を用いて、図 3. 2に示したビデオボードのみの場合のデータを fittingした結果を図 3. 3と表 3.1

に示す。

Temperature [K]250 255 260 265 270 275 280 285 290 295

Hz/

min

1

10

210

/ ndf 2χ 22.65 / 2p0 184.4± 179.3 p1 2.424± 7.854 p2 1013± 786.6

/ ndf 2χ 22.65 / 2p0 184.4± 179.3 p1 2.424± 7.854 p2 1013± 786.6

図 3. 3 ビデオボードのみの場合のデータ fitting結果。

表 3.1 モデル関数による fit結果。

P0 P1 P2

179.3±184.4 7.854±2.424 786.6±1013

fit結果の P2 から、アウトガスの活性化エネルギーを求めると、約 6 kJ/molとなった。これは希ガスの活性化エネルギー相当の値になっている。しかし、TQCMセンサーにはビデオボードからのアウトガスの他にチャンバーから放出されるアウトガス等の吸着が進んでいたことを考えると、この活性化エネルギーが実際のビデオボードからのアウトガスの活性化エネルギーをそのまま表しているとは考えにくい。今回の解析では、すべてのアウトガスが単一の活性化エネルギーを持つと仮定したが、この仮定が正しくない可能性が考えられる。実際は、様々な活性化エネルギーを持ったガスが測定結果に影響していると考えられ、異なる温度では異なるガスが吸着に寄与し、それらの重ね合わせで見かけ上、油類等の活性化エネルギーに比べ小さな値が得られたのではないかと考えられる。

3.4 考察

アウトガスの活性化エネルギーを求めることが出来れば、軌道上での衛星内部の温度分布を仮定して、衛星内部での吸着脱離のバランスを解くことで、コンタミネーションが問題となる機器へのアウトガス吸着の速度

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を評価することが出来る。しかし、今回の測定ではビデオボードからのアウトガスの活性化エネルギーを決めることが出来なかったため、異なる考え方でコンタミネーションの影響を評価する。3.3 節で得られた fit 結果より、ビデオボードのみの場合のデータを −120 ◦C まで外挿すると、おおよそ

200 Hz/minとなった。(2.12)式より、ビデオボードからのアウトガス量許容値は、1 ng/secである。これを本実験 Chamber排気系の Geometryを考慮し、TQCM測定値MTQCM に変換すると

MTQCM : Mboard = STQCM : STQCM + S× C

Mboard = MTQCM(STQCM + S× C)/STQCM (3. 2)

となる。ここで、Mboard はビデオボードからのアウトガス放出量、STQCM は TQCMの面積 (0.316 cm2)、Sは排気口面積 (5.7 cm2)、Cは補正係数 (0.2)である。Mboard<1 ng/secより、アウトガス許容値はおおよそ

MTQCM<50 Hz/min (3. 3)

となる。したがって、現状ではビデオボードからのアウトガス放出量は許容値に比べて 4倍大きい。

4 まとめ測定結果より、現状ではビデオボードからのアウトガス量 (200 Hz/min)は許容値 (50 Hz/min)に比べ、4

倍大きい。今回は試作品のビデオボードからのアウトガス量を測定したが、フライト品ではアウトガス放出の少ないセラミックパッケージ部品を使い、また表面のコーティングを行う。また、アウトガス量測定前にビデオボードのベーキングを 3日間行ったが、フライト品では 2週間のベーキンングを行う。以上より、フライト品のビデオボードではアウトガス許容値を満たすことは十分可能であると考えられる。

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参考文献[1] 清水 一真、 修士論文「衛星搭載 X線 CCDカメラのコンタミネーション対策」、 東京工業大学 (2011)

[2] 堂谷 忠靖、井上 一、小賀坂 康志、竹島 敏郎、「衛星搭載 X線検出器のアウトガス対策」、搭載機器基礎開発成果報告書 (1994)

[3] 穴吹 直久、「Astro-E2 衛星ベーキングにおけるアウトガス量の測定」、宇宙航空研究開発機構研究開発報告 (2005)

[4] 堀越 源一、「真空技術」(東京大学出版)

[5] 山科 俊朗、 広畑 優子、「真空工学」 (共立出版)

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